世界の美術作品を、歌とアニメで紹介する番組『びじゅチューン!』(Eテレ(日)後5・55~)。映像作家の井上涼さんは、作詞・作曲・アニメ・歌のすべてを手掛け、ポップな絵、奇想天外な歌詞、忘れられないメロディーで大人も子供も魅了している。そんな井上さんに『びじゅチューン!』の作品作りについてお話を伺いました。
あんまりマニアックになりすぎないように
――『びじゅチューン!』が始まった経緯を教えてください
以前、Eテレの『テクネ 映像の教室』という番組に出していただいた時に私が作った「小人ピザ」という曲がきっかけなんです。プロデューサーさんが実家に帰っている間にこの曲をパソコンで流していたら、甥っ子さん姪っ子さんが1回聴いたら歌えるようになったそうで。ちょうどその方が美術を広める番組をやりたいと思っていらして「あぁこれは何か一緒にできるかも」と声を掛けていただきました。
――日本や世界の美術作品を取り上げてオリジナルソングを作られていますが、井上さんが作品を決めて作られているんですか?
みんなで話し合って決めています。というのも、あんまりマニアックになりすぎるのもよくないので、美術や歴史の教科書に載っているようなポピュラーなものに限定しています。あとは、日本と西洋と彫刻と建築と…っていうのがまんべんなくラインナップにそろうように。
――作詞・作曲・アニメ・歌と、すべて1人で手掛けられていますが、一番最初に取り掛かる作業は何ですか?
最初は歌ですね。歌詞を書くところから始めます。で、それに肉付けをして伴奏を付けて、曲になったらコーラスのアレンジの先生に回して。その間に解説の部分の撮影をして、最後にアニメを作るという流れです。歌の場合は1回作ったあとにちょっと時間を置いて聞き直さないとどんどん分からなくなっちゃうので、1回作っては寝て、起きて、聞いて…と繰り返す時間が必要なんです。アニメの場合は動かすために、ただひたすら絵の枚数を増やさなければいけないので、時間はどっちもかかるんですけど、時間のかかり方が違いますね。1回離れたり引っ付いたりする時間が必要な歌と、ただただ粛々と数を重ねていくアニメと、どっちも時間のかかる作業です。
今までは2か月に3本作るペースでやってきたので、単純に時間に換算することができないんですけど、3本分の曲を作るのに1か月、アニメを作るのに1か月くらいの感じです。
美術に対する親しみを生むような作品作りをしています
――井上さんの作品は想像のつかないものとの組み合わせが印象的ですが、美術作品からどんなふうにインスピレーションを受けて制作しているんですか?
まず最初に美術作品の写真や資料をじーっと見て、「なんかお菓子みたい! おいしそう!」と、最初の思いつきを大事にしています。“美術だからちゃんとやらなきゃ”とか“ちゃんと見なきゃ”、“こういうことは言わないでおこう”とか考えてしまいがちですが、作品を見たときの最初の思いつきのの上澄みみたいなものをキャッチして、それで1本作るみたいな。そうしないとみんなが美術を上に見てしまう気がして。下に見るわけではないけど、同じ目線で見ることができなくなってしまうので、その思いつきみたいなものを漏らさずキャッチすることで親しみやすい番組を作るというか、美術に対する親しみを生みたいということを考えています。
――たしかに美術作品って格式が高い印象があります
実際、格式が高いからリスペクトはもちろんするんですけど、もう少し同じ目線で見ないと気づかない魅力がいっぱいあるので、単純に「うまいな」と思うこともいいことだし、「きれいだな」とか「ここに変なのいたんだ、この絵」とか、そういうのも魅力の1つだと思うので、そういうのができる温度感で作品を作るということを大事にしています。
――作品は子供向け、ということを意識して作っていらっしゃるんですか?
プロデューサーさんとしては子供に美術に親しんでもらいたい、というスタートでした。でも私は子供の頃、“子供向け”という感じで作られた教育番組が嫌いで。作るなら大人も楽しいと思えるような言葉遣いやタッチで作らないと子供もきっと楽しめないなと思ったんです。子供たちに「さぁ一緒に歌おう!」と言ったところで「今そういうのじゃないし」って、もうそんなノリじゃないですか(笑)。だから言葉遣いも大人の小説にも使われるような言葉を使いつつルビは振る、といったところでカバーしていくっていう考え方で作っています。まだ子供が経験したことのないような感情とかもきっと中にはあるんですけど、「それはいつか分かるから」と。そういう作り方をしています。
――作品の歌詞は史実に基づいて作られているんですか?井上さんの思いを反映することはありますか?
最終的な目的が美術作品そのものに興味を持っていただくことなので、その美術作品が持っているエッセンスが入っていないとつながらなくなってしまうので、そういう意味では基づいて作っています。私の感覚というと、例えばOLが「月曜日は憂鬱だ」とか、そういう感覚は入れるんですけど、そのベースとしてあるのは、美術作品の背景やその画家がどう考えて作ったのかとか、そういうものです。何でもありにしちゃうとだんだん興味が失われていっちゃうと思うので、ある背景の中で限定してできることを考えています。
聞き手が気になるような作りをイメージして作っています
――「保健室に太陽の塔」の中にある歌詞「何を選んでもそれは進化」にズキュンとやられました(笑)。
ありがとうございます(笑)。岡本太郎さんは元気付けるというか、鼓舞するというか、そういう考えをお持ちの方のような気がしたんです。そういう言葉もきっとあり得るんだろうなと思って。
――ということは、あのフレーズは井上さんが考えられた言葉だったんですか?
“岡本太郎さんが言ってもおかしくない、井上が考えた言葉”という感じです(笑)。大枠は外れないようにして、自分で考えた言葉です。
――作品についてもう1本お伺いしたいのですが、「転校しないで五絃琵琶」の性別についてネットでも話題になっていますよね
「性別どっちなんですか?」って結構聞かれるんですけど(笑)、あんまり限定していないというのが正直な答えですね。「風神雷神図屏風デート」の風神雷神も、神様に性別はないという前提があって。五絃琵琶も性別があるのかもしれないけど分からないから、どっちかっていうのを自分でも限定しないで書いているという感じです。
――聞き手がイメージを膨らませられるという楽しみもありますね
そうですね、気になるような作りになっているので、それでいいと思います。
「なぜだ」と思うようなものがすごく好き
――では、井上さんご自身のことについても聞かせてください。小さい頃はどんな子供だったんですか?
親の顔色を常に伺っている子供でしたね。人の気持ちについてすごい考えている子供でした。「今、きっとお父さんにムカついているな、お母さん」とか。空気を察するようなことが多かったので、そういうものの積み重ねが『びじゅチューン!』にもつながっているのかな。
――お絵かきや美術は子供のころから好きだったんですか?
うちがわりと美術に親しみのある家庭で、父が美術の先生で彫刻を作っていたり、母はピアノの先生だったので、なるべくしてこうなりました。今親は「びじゅチューン!」を見て「何だこれ」とか「最近面白くない」とか言われるんですけど(笑)、父が作った彫刻が庭にごろっと無造作に置かれていたり、母が教えているピアノの生徒さんが家にやってきたり、そういう環境だったので、私にとっては美術も音楽も特別なものではないという考え方がそこでできたんじゃないかと思います。絵を描くのも好きでした。
――今の作品作りに影響を受けた画家やアーティストはいますか?
J-POPとアニメが好きだったので、毎週ランキングにランクインするような曲、ランキングを賑わせていたようなアーティストが好きでした。一番見ていたのは2000年代だと思うので、宇多田ヒカルさんや椎名林檎さん、いろんなバンドとか…。あとはビヨンセとかレディー・ガガとか、ディーバ系にすごく影響を受けました。PVでも、なんでこうなるの?とつっこんでしまうような面白さのあるものやレディー・ガガの肉のドレスとか、「なぜだ」と思うようなものがすごく好きです。
――井上さんの作品も、一見“何だこれ”と思って見ている中で、ズキュンとやられるような歌詞が散りばめられていますね
J-POPってどこかでひと言いいことを入れてくるじゃないですか。大切なことはBメロで言うみたいな。Bメロで大きなことを言ってサビにいってという、Bメロで広げがちなイメージを念頭に持って作っています。「祖母のコロッセオハット」のふみちゃんなんかも「いくつになっても応援はうれしいものよ」って、結構普遍的なことをBメロでJ-POP風に言ってます(笑)。
楽しいと思いながら美術作品に触れられるところが見どころです
――今回発売される「EAST」「WEST」のCD2枚と、同時発売のDVD BOOK2について聞かせてください
CDもDVDも絵をたくさん描きおろしていて、おまけがかなり充実しています。CDは「旅」をテーマに作っていて、「EAST」「WEST]とも初回盤には「大好き、びじゅチューン!」BIGステッカーが付きます。「車の中で家族で聞きたい」という声を多くいただいたので、旅行に行くときなどに聞いてほしいなぁと。BIGステッカーはスーツケースに貼っていただいて、「びじゅチューン!」を世界にアピールしてほしい! という狙いです(笑)。
DVDは初回特典で新聞を作りました。あのキャラとあのキャラが結婚していて、とか、最近復縁したようだ、とか、そういう情報を1ページに入れました。各キャラクターが本を作ったらとか、各キャラクターがコラム連載をしていたらこんな感じだろうというものも。「ムンクの叫びラーメン」のラーメン屋がどうやってできたのかという小説や、「貴婦人でごめユニコーン」が適当に占いをしたやつとか…(笑)。全部持っている人にしか分からない仕掛けもあるので、ぜひ見つけてほしいです。
――最後に『びじゅチューン!』の見どころを教えてください
美術というものを、見て気持ち良いとか、楽しいって思うような見方で美術作品に触れられるというのが一番の見どころです。私は昔、教科書に載っている美術作品にあまり興味が持てなかったけど、そんな自分が今見たら「何か面白そう」と思えるものってどんなものだろうと思って作っています。「美術って結構堅そうだし、ごめんだわ」って思っている小学生や中学生が心を開いてくれるようなことって何だろうと想像しながら作っているので、楽しんで見てくれたらうれしいです。
PROFILE
井上涼●いのうえ・りょう…1983年6月10日生まれ。兵庫県小野市出身。
金沢美術工芸大学デザイン学科卒業。卒業制作作品「赤ずきんと健康」がBACA-JA佳作受賞。「快感」「楽しい」をテーマに映像(アニメ/実写)、イラスト、漫画、インスタレーション、パフォーマンスなどクロスジャンルな制作活動を行い、作品内の作詞・作曲・歌・アニメのすべてを自身で手掛ける。
CD情報
「びじゅチューン!CD EAST」&「びじゅチューン!CD WEST」
2016年4月20日(水)同日発売
各1,800円+税
発売元:ポニーキャニオン
・びじゅチューン!CD EAST収録楽曲
1.ごあいさつ
2.風神雷神図屏風デート
3.樹花鳥獣図屏風事件
4.見返りすぎてほぼドリル
5.LOVEタージ・マハル先輩
6.住んでます八橋蒔絵硯箱
7.鳥獣戯画ジム
8.その天女、柄マニアにつき
9.アイネクライネ唐獅子ムジーク
10.ザパーンドプーンLOVE
11.転校しないで五絃琵琶
12.兵馬俑ウエディング
13.保健室に太陽の塔
14.紅白梅図屏風グラフ
15.縄文土器先生
16.洛中洛外シスターズ
17.ベーカリー空也
18.姫路城と初デート
19.武蔵の遅刻理由
20.カラオケの前に
21.鳥獣戯画ジム(カラオケバージョン)
22.風神雷神図屏風デート(カラオケバージョン)
23.見返りすぎてほぼドリル(カラオケバージョン)
24.その天女、柄マニアにつき(カラオケバージョン)
25.武蔵の遅刻理由(カラオケバージョン)
(初回封入特典)
(1)「大好き、びじゅチューン!」BIGステッカー EAST編
(2)2016年7月16日(土)開催 CD発売記念ミニライブ応募券(EAST分)
※ご応募にはEAST編、WEST編の応募券が必要です
※応募締切:2016年6月30日(木)23:59迄
・びじゅチューン!CD WEST収録楽曲
1.ごあいさつ
2.委員長はヴィーナス
3.お局のモナ・リザさん
4.オフィーリア、まだまだ
5.ムンクの叫びラーメン
6.レーサーはゴーギャン
7.ツタンカーmail
8.ナスカの地上絵、微生物
9.ルソー5
10.貴婦人でごめユニコーン
11.ランチは地獄の門の奥に
12.真珠の耳飾りのくノ一
13.火消しが来りて笛を吹く
14.祖母のコロッセオハット
15.崖のぼり、のちキス
16.便利だわブロードウェイ・ブギウギ
17.ラス・メニーナス、開演前
18.夏野菜たちのランウェイ
19.私たちは元パルテノン神殿
20.カラオケの前に
21.オフィーリア、まだまだ(カラオケバージョン)
22.委員長はヴィーナス(カラオケバージョン)
23.貴婦人でごめユニコーン(カラオケバージョン)
24.ルソー5(カラオケバージョン)
25.お局のモナ・リザさん(カラオケバージョン)
(初回封入特典)
(1)「大好き、びじゅチューン!」BIGステッカー WEST編
(2)2016年7月16日(土)開催 CD発売記念ミニライブ応募券(WEST分)
※ご応募にはEAST編、WEST編の応募券が必要です
※応募締切:2016年6月30日(木)23:59迄
DVD情報
「びじゅチューン!DVD BOOK2」
2016年4月20日(水)発売 2700円+税
DVD(76分)/BOOK(全80ページ)
(DVD内容)
1.アイネクライネ唐獅子ムジーク
2.ナスカの地上絵、微生物
3.貴婦人でごめユニコーン
4.兵馬俑ウエディング
5.保健室に太陽の塔
6.ランチは地獄の門の奥に
7.紅白梅図屏風グラフ
8.真珠の耳飾りくノ一
9.縄文土器先生
10.火消しが来りて笛を吹く
11.祖母のコロッセオハット
12.崖のぼり、のちキス
13.ベーカリー空也
14.便利だわブロードウェイ・ブギウギ
15.ラス・メニーナス、開演前
16.姫路城と初デート
(特典映像)おどってみよう!「縄文土器先生」
(BOOK内容)
・プロデューサーのことば
・井上涼、描きおろしイラスト
・歌詞
・題材にした美術作品とその解説(作者、制作年、所蔵美術館ほか)
・構想スケッチ(美術作品から井上涼が読み取ったこと、発想したこと)
・各作品のポイント解説
・Making of びじゅチューン!
(1)音楽とコーラスの聴きどころ
(2)解説パートのつくりかた
(3)こだわりの小道具、大集合!
・おどってみよう!「縄文土器先生」ふりつけガイド
・井上涼のことば
・作品が収蔵されている美術館・寺院・博物館ガイド 美術作品を観に行こう!
(初回限定W特典)
1.井上涼、描きおろし「びじゅチューン!新聞」(B4判4つ折り/フルカラー)封入
『びじゅチューン!』に登場するキャラクターのスクープ記事、4コマ漫画、ごめユニコーン占いetc.
2.びじゅチューン!DVD BOOK2オリジナルふみちゃんトートバッグ 30名プレゼント
封入しているアンケートはがきに感想を書いて送ってくださった方から、抽選で30名にオリジナルのトートバッグをプレゼント
発売元:小学館
販売元:ポニーキャニオン
『びじゅチューン!』公式番組ホームページ…(http://www.nhk.or.jp/bijutune)
『びじゅチューン!DVD BOOK』情報ページ…(http://v.ponycanyon.co.jp/bijutune/)
井上涼Twitter…(https://twitter.com/kitsutsukijanai?lang=ja)
●text/田代良恵