江口洋介が主演を務めるドラマ『天使にリクエストを~人生最後の願い~』(NHK総合)が、9月19日(土)よりスタート。初回放送を前に、江口と上白石萌歌、脚本の大森寿美男が初めて顔を合わせ、“探偵ドラマ”と“福祉”という2つの意外な要素をつなげた本作の魅力を語り合った。
◆最初に脚本を読んだ時の印象は?
江口:毎回人生のテーマがあって、さらに後半には歌を歌うシーンも出てきて、 人生を感じさせながら歌とリンクさせていく。テーマがテーマなので、 結構ウェットな芝居が多くなるのかなと思いました。撮影延期の影響で、全5回をいっぺんに撮るというスケジュールになったこともあり 、通常1回ずつ撮影していく連続ドラマとは違う、5時間ドラマに向かうような気分で始まりました。コロナ禍で、生命というものを意識せざるを得ない時期を越えての撮影だったので、島田という役を身体に入れながら演じつつ、ベースに流れている歌のような感情と言うか、ある種の切なさ、でもその向こうには希望があるそういうことを意識しながらやらせてもらいました。
上白石:脚本を読んだ時に感じたのは、今までにない切り口だなと。探偵色もありながら、人の人生の最後に寄り添う福祉の精神が交ざるっていうのは、今までにない化学反応が起こりそうだなと感じていました。わたし、大森さんの作品がもともと大好きなんです。
大森:本当ですか? ありがとうございます
上白石:重いテーマなんですけど、その中で寺本さん(志尊淳)とのコミカルなやりとりがあったりとか、人と人との会話の温もりが脚本に詰まっていて、「早くセリフを口にしたい!」っていう気持ちが、自粛期間中ずっとありました。演じていてもすごく楽しかったです。
江口:僕は50歳を過ぎてますが、20代の上白石さんと志尊君、それに倍賞さんと、年齢やタイプの異なる人物が出てきて。それぞれの年代による、生や死に対しての価値観の微妙な違いが、みんなで話すシーンに織り込まれている感じがありました。
大森:そうですね。これを書いている時はまだコロナの“コ”の字も全然意識していない時期だったんですけれども、どうしても僕らの中では、死というものを、災害や不幸のように感じてしまうところがあるじゃないですか。コロナでこれだけ日常が変わってしまうのも、その根底にあるのは、死への恐怖だと思うんです。でもね、人間は誰しも、最後は死を迎えるわけで、それがそれこそ最大の不幸であるとしたら、人生の最後に最大の不幸が待ってるって思うのも、なんか辛いじゃないですか。
江口:そうですね。
大森:でも、生き残ってしまった人にとって、どうしても受け入れがたい死もあるわけです。そういう死も見つめていかないと、やはり死を美化する物語になってしまうと思ったんです。死と生というものが、表裏一体ではなく、両方表にあって、人間の通る道の上に生も死もあるということを、当たり前のように描いていかないと、本当の人間の背負っている宿命みたいなものが見えてこないだろうなと。主人公の島田は、物語の最初、絶望の淵にいるような、一番受け入れがたい死を背負った状態でスタートします。自分の人生と向き合えなかった主人公が、人の人生と向き合うことで、本来の自分を取り戻していったり、また生きることに前向きになっていく話になるかなと思ったんです。人の死によって我々は生かされているということもあるんです。
◆年齢の幅が広い現場はどんな雰囲気だったのでしょう?
上白石:志尊君と私の20代のコンビがいて、依頼人役は役者として大大先輩の方ばかり。こんなに年齢も価値観もバラバラな現場があるんだなって、毎日新鮮に思っていました。
江口:亜花里(上白石)と寺本の明るさにすごく救われているよね、物語の中でも。
上白石:控え室での会話もすごかったですね!
江口:かみ合ってるのかいないのか(笑)。それぞれの価値観が面白いだよね、その人が生きてきた時代の話をしてくれるから。
上白石:すっごく興味深いお話ばっかりで。われわれは生命力を吸いとられないように、と。
江口:吸いとろうとしてた人がいたってこと!?
上白石:役としては病気と闘っているんだけど 、皆さん生命力がみなぎっている方ばっかりで(笑)。
江口:めちゃくちゃ元気なんだよね(笑)。元気すぎて、死を宣告された役の人のほうが元気なんじゃないのってくらい。年配の方は普段は落ち着いていらっしゃって物静かなのに、俳優としてのスイッチがバンって入る瞬間がある。そうやっていきなり本番にパーン!と入られると、昔は若さでどうにか対応できたけど、いまは圧倒されちゃうよね。
上白石:目から発するエネルギーや圧が、もう違いすぎて! この目をこの距離で感じられてすごく幸せだなって思いました。
◆本作の珍しい点といえば、毎回キャストが昭和歌謡を歌うシーンがありますね。
上白石:選曲は大森さんがされたんですか?
大森:そうですね。僕からのリクエストだと思ってください(笑)。話の内容とリンクした曲を選ばなきゃいけないという事もありましたが、本当は最後に依頼人が聞きたい曲をリクエストされて、それを車の中で流すという設定を考えていたんですよ。でも、これは本人が歌ったほうが説得力があるんじゃないかなと。歌わせないと、もったいないんじゃないかと思って、歌ってもらうことにしたんですけども、大正解でした。歌うって祈る行為に似ているところがあるじゃないですか。 まだ第1回と第2回でセットになっている最初のエピソードしか見ていないんですが、その第2回ラストの上白石さんの『アカシアの雨がやむとき』、あれは素晴らしい。想像した以上に素晴らしかった。
江口:なかなか手ごわかったです(笑)。僕も普段歌を歌うんですけど、演じている気分の中で歌を歌うとなると、ギャップがあるんですよ。
上白石:分かります(笑)。
江口:出来上がってみると違和感はないんだろうけど、演じている時は「なんでこいつ、ここでこれを歌ったのかな」って、心情を考えちゃうんです。だからどういう心情でつなげようかと、第1回 の『無縁坂』もすごく苦労しました。「このフレーズは心情として歌えないだろう」とか、いろいろなことを思ったりして。上白石さんは絶対知らない曲ですよね。
上白石:脚本を読んで、「へ~こんな曲があるんだ」って知って歌い始める、みたいな(笑)。
大森:第1回はカラオケですが、第2回から設定としては歌っているのではなく、曲を流しているんですよ。それを表現として歌ってもらっているので、実はあそこだけ“ファンタジー”なんです。
江口:ファンタジーですね。確かに。
大森:ぜいたくですよね。上白石さんは、ああいう昭和歌謡を歌ったのは初めてでしたか?
上白石:私、昭和歌謡すごく好きなんです。
大森:やっぱり。似合いますもんね。
江口:「♪ア・カ・シ・アの~」って、こぶし入ってるの聞いてぞくっとしましたね。年齢であのこぶしが決まるっていうのは。
上白石:今、昭和のポップスとかはやってるじゃないですか。私もすごく好きで。でも『アカシアの雨がやむとき』は今回初めて知った曲だったので、十八番にしようかな。
大森:絶対したほうがいい。
江口:残りますからね、歌は。人から人へ。
◆本作のモチーフになっている「最後の願い」という活動を聞いた時、どう思いましたか?
江口:ホスピスから車で最後の願いをかなえに行くというヨーロッパが舞台のドキュメンタリーを観て、それがなかなか沁みる感じでして…。日本でもそういう活動をしている人たちがいるというニュースも見ました。それから台本を読み直してみると、やりたい事がより明確に立体的に分かりまして。ドキュメンタリーで車いすを押して海まで行く人の姿を見た時に、最後に来たかった場所に来られた人もすごく心が満たされただろうし、寄り添った人もすごく豊かな気持ちになれただろうなと感じたので、これはいいドラマになりそうだと直感しました。でも、自分にとって最後の願いはなんだろうと思うと 、考えさせられましたね。
上白石:人生って終わりがあるから輝くものなのかなと思っているんです。自分が人生の最後を迎える時に何を思っているかっていうのはすごく興味がありますね。いまの「欲」ってこの時代を映していると思うし、自分が死ぬ前にはその時代も大きく変わって、自分の「欲」も変わっているだろうし。でも大きいことは望まずに、「猫を抱きたい」とか、そういうことだといいなと思います。
江口:意外とささいな事かもしれないね。
上白石:そうですね。
大森:「地球最後の日に何が食べたい?」ってよく聞くじゃないですか。あれは食べたこともない高級料理を挙げる人って少ないと思うんですよ。その人の生活史が垣間見えるような、記憶にこびりついているような食べ物を食べたいって考えると思うんですね。きっと「最後の願い」もそうで、大きな願いを最後にかなえてあげることではなくて、その人らしく最後
までいさせてあげることだと思うんですよね。だからこそ実際活動している人たちも、どんなことしてもかなえてあげたいって強く思えるから、続けられるんじゃないかなと思うんですよね。そして、そういう風に思ってくれる人がもし側にいてくれたら、本当に天使のように思うんじゃないかと。
◆皆さんの「#最後のリクエスト」を教えてください。
上白石:大森さんのは…?
大森:「これを最後まで作らせてください」。こう言って死ねたら最高だろうなと。正直僕は長く生きたいとも思ってないですけど、これを言えているうちにお迎えが来てくれたら、本当にうれしい。“これ”が何かは、まだ分からないですけど。映画なりドラマなり、このドラマの続編でもいいですしね。最後に願いをかなえられたらうれしいなと思います。
江口:なるほど。
上白石:おおー、カッコいい。
江口:「温泉で宴会!」。なんか恥ずかしくなってきた(笑)。宴会とか書いちゃって。
上白石:最高じゃないですか。
江口:そう、温泉で、みんなで。きっと自分の中に楽しい思い出があるんでしょうね。みんなで風呂入って、宴会してって、そういう気分で最後はいたいなって思ったんじゃないかな 。
大森:僕も本音を言えばこれだと思う(笑)
江口:なんかもう恥ずかしい答えになっちゃった。
大森:上白石さんは?
上白石:「家族でメキシコ旅行!!」。私はメキシコに3年間住んでいたことがあるんです。小学校1年生から3年生まで。今、こういうお芝居をしたり、表現をする立場になってみて、あの頃の色彩が交じり合うような街で過ごしていた3年間がすごく大きいものだったんだなって感じているので、死ぬ直前でもいいから、家族みんなでまたメキシコに行きたいなっていう気持ちがあります。
大森:それは……財団の人、大変ですね(笑)。
上白石:移動が大変(笑)。
大森:でもかなえてあげたいですよね。
上白石:メキシコって「死者の日」っていうのがあって。死者を思う気持ちが他の国より強いんですよね。人の記憶にあれば、その人は生きているっていう文化があるんです。
大森:じゃあ続編がもしあれば、メキシコロケしましょう。
上白石:ええ! いいですか?(笑)NHKさん、いいですか? 行きましょう!!
番組情報
土曜ドラマ『天使にリクエストを~人生最後の願い~』
NHK総合
2020年9月19日(土)スタート(全5回)
毎週土曜 後9・00~
作:大森寿美男
出演:江口洋介、上白石萌歌、志尊淳、板谷由夏/梶芽衣子、塩見三省、山本學、西郷輝彦/倍賞美津子
INTRODUCTION
本作は、元マル暴の探偵・島田(江口)と助手の亜花里(上白石)、看護師の寺本(志尊淳)、謎の老婦人・和子(倍賞美津子)の4人が、死期が迫った依頼者の最期の願いと向き合いながら、それぞれの心の傷を見つめ、新たな未来へと踏み出す姿を描くヒーリング・ドラマ。
第一話では、島田が和子から余命いくばくもない幹枝(梶芽衣子)の“最後の願い”を叶えるため、幹枝を富士宮に連れて行ってほしいという依頼を受ける。幹枝はかつてここで捨てた子供を探し出して謝りたいと本当の望みを口にする。捨てた子供の有力候補は暴力団の組長。しかし島田には、暴力団の事件絡みで子供を亡くし、妻と別れた過去があった。
Web
番組HP:https://www.nhk.or.jp/drama/dodra/tenshi/