コロナ禍1人で制作し、2020年9月にリリースしたアルバム『Libertine Dreams』の続編にして、通算14枚目となるオリジナル・アルバム『Between The World And Me』を完成させたINORANさん。さまざまな制限を受けざるを得ない現在の社会情勢の中で、音楽人として自らのやるべきことを認識しつつ、尽きることのない創作意欲で生み出された新作について、じっくり語っていただきました。
「“いろいろあるけど、強く生きようよ”という想いは根幹にある」
◆昨年は新型コロナウイルス感染拡大の影響で音楽活動だけでなく日常生活にもさまざまな変化があったと思うのですが、ご自身はいかがでしたか?
世界が揺れた2020年だったので、僕もみんなと一緒ですね。一変したとまでは言わないですけど、今までにはない経験をした中で価値観も変わったし、いろんなものが変わった1年だったなと思います。
◆生活スタイルや価値観にも変化があったと。
そうですね。移動の自由がないというのは僕だけじゃなく、現代に生きる人間として痛いところじゃないですか。最初は自由を奪われたなと思いましたけど、しょうがないことだから。あと、自分の選んだ職業というものは、こういうふうな状況になると無収入になってしまうんだなと…。それも含めて、“選んでいる”ということなんですけどね。
◆改めて、自分の選んだ職業がどういうものか実感したわけですね。
実生活としては、そうですね。でもそういう時だからこそ、逆の気持ちも芽生えてきて。“音楽というものに何ができるのか”を改めて考える機会をくれた時間だったなと思います。
◆その考えた時間も音楽に昇華されているのでは?
いろんなことを考えましたからね。例えば“田舎に住むか/都会に住むか”とか、今まで考えもしなかったことを考えた人もいるだろうし、自分にとっては価値観を見つめ直せた時間だったんです。前作と今作で合わせて21曲あるんですけど、どちらも同じくステイホームの時期に作ったんですよ。だから、やっぱりそういうものも曲に反映されているのかなと。
◆ステイホームの時期を曲作りにあてられた。
逆に“曲を作らなきゃ”と思ったんですよ。“こういう時だからこそ、音楽って必要でしょ”っていう、責任感や使命感みたいな何かに背中を押されて作り始めたというか。時間があるから人によってはいろんなことをするんでしょうけど、僕は曲を作っていたということですね。
◆そういう姿勢も現れているのか、作品全体にポジティブな空気感が漂っている気がします。
やっぱり聴いてくれる人たちに対して絶望感だとか、そういう嫌なものは与えたくないから。“いろいろあるけど、強く生きようよ”という想いは根幹にあるのかな。その根本は、昔から変わっていないと思います。
◆考える時間が増えることで思いつめて、暗くなったりもしない?
不安や恐怖、少しの怒りだったりいろんな感情が芽生えた時期はあったけど、それをポジティブな方向に変換させるのが音楽だと思うから。そういう部分は忘れないようにしていたし、自分の中で変換していたのかもしれない。やっぱり自分が生み出すものは、ポジティブでありたいですよね。
◆去年の4〜6月という期間にアルバム2枚分の曲を作られたそうですが、最初からそうしようと思っていたわけではなく、曲がたくさんできたので2枚に分けた感じでしょうか?
後者ですね。曲を作り始めた時に“アルバムを出そう”とは思っていたんですけど、(1枚の)アルバムに収録する大体の曲数を超えたところでも“まだまだ作ろう”という感じだったのでそのまま作り続けたんです。そうしたら30曲近くになって…、3日に1曲くらいのペースですよね。ただ、これだと1枚に収まりきらないので、“じゃあ二部作にしよう”とは思っていました。
◆作品ごとに何かコンセプトがあって、分かれているわけではない?
そうではないですね。前作の『Libertine Dreams』も含めて、ほぼ作った順番に曲が並んでいるんです。例えば前作のラスト曲(「Dirty World」)の次にできたのが、今作のM-1「Hard Right」で。本当に(曲を作った)時系列が、ほぼ曲順通りになっているんですよ。
◆単純に曲ができた順番に合わせて、2枚に分けられている。
でも季節も(制作期間の)3か月の間にもちろん変わっていくわけだから。特に2020年は状況が刻一刻と変わっていった中で揺れる部分もあったので、一色ではなくなるというか。結果としてアルバム自体が、そういう感じにはなっているんじゃないかな。
◆季節の移ろいが、バラエティ豊かな曲調に反映されているんですね。
あとはやっぱり同じことばかりやってもしょうがないので、自分を突き詰めていくというか。音質も含めて、自分をアップグレードしていくという作業が楽しかったですね。好きだったものも食べすぎると飽きてきちゃって、違うものを食べたくなるものじゃないですか。それと同じように曲調も、次に作る曲ではガラッと変わったりするし、普遍的な音の種類に関してもブラッシュアップしていった感じです。
◆そういう中で自然と異なるタイプの曲が生まれていったと。
シリアスな映画を1本見た後に、今度はコメディ映画が見たいなという感じに変わったりするじゃないですか。そういう感じで(曲調も)変わっていくものだから。たとえば6曲目(「Heart of Gold」)と8曲目(「Sinners on the Run」)の間にインスト(M-7「63′」)を挟んであるんですけど、その2曲も全然違うと思うんです。6曲目を作った後に、違うものが思い浮かんだのでインストを作ったというか。
◆ここでインストを挟んでいるのは、曲調が切り替わるという意味もあるんですね。「63′」もインストとはいえ、おまけ的な感じではなく、ちゃんと1曲としての存在感があるように感じました。
ただのインターリュードではないし、しっかり作りました。歌詞とか歌がないとはいえ、マイナス1ではないから。ちゃんと何かを想像できたり、景色が見えたりするようにはしていますね。