田中圭さんと鈴木おさむさんが三度目のタッグを組んだ舞台「もしも命が描けたら」。“命”をテーマに、不思議な力を手にした青年と、彼に巻き起こる様々な運命を描いた今作。「とにかく大変な舞台でした」と笑う田中さんに、作品への思いや制作の裏側をたっぷりと伺った。
◆以前、田中さんは「鈴木おさむさんと一緒に作る作品は、映像、舞台を問わずいつも大変」とお話されていました。今回の舞台はいかがでしたか?
相変わらず大変でした(笑)。思えば、初めておさむさんと一緒にやった舞台「芸人交換日記~イエローハーツの物語~」(2011)は台詞の量がものすごい多かったんです。それが、2作目の「僕だってヒーローになりたかった」(2017)ではさらに更新されて(笑)。それでも、今回の「もしも命が描けたら」については、事前に“主人公はおとなしい性格の絵かき”という設定を伺っていたので、安心していたんです。しかも、テーマ曲にYOASOBIさん、アートディレクションに清川あさみさんも参加されていたので、“おっ! ついに雰囲気で魅せる芝居に挑戦するのか!” “おさむさんも変わったなぁ”と喜んでいたんです。でも、いざふたを開けてみたら、ダントツに台詞量が多くて(笑)。最初に台本を見た時、“これ、本当に覚えるの!?”と思いました。
◆確かに毎回、膨大な量の台詞をこなされている印象があります。ちなみに、鈴木おさむさんの台本は覚えやすいんですか?
全っ然!(笑) 超覚えにくいです! おさむさんってインスピレーションで台本を書かれる方で、いい意味で、台詞の整合性に固執されないんです。例えば、主人公が《お母さん》という呼び方をしていたと思ったら、次のシーンでは《母さん》になっていたり。ほかにも、少し矛盾するところがあったりするんですが、そこは役者が言いやすいように変えてもいいと言われているんです。とはいえ、役者はやはり一言一句間違わず、台本通りに台詞を話すことを目指しているので、しっかり覚えようとする。すると、すごく時間がかかるんです。それでなくても、今回の舞台では冒頭の15分くらいを僕がずっと1人で喋っていますからね。しかも、おさむさんが言うには筆が乗りすぎて、当初はあの3倍くらいあったそうで(笑)。それを聞いて、やっぱりあの人はちょっと常軌を逸しているなと思いました(笑)。
◆そうした中で、今回演じた星野月人は幼少期から悲運に見舞われる、孤独な青年の役でした。どのようなアプローチでこの役を演じられたのでしょう?
「芸人交換日記」は原作小説が先にありましたけど、その次の「僕だってヒーローになりたかった」も今回も、おさむさんは僕に当て書きをしてくださっていて。ですから、特別、役との共通点を探していくとか、演じる上で苦労したということはなかったです。ただ、おさむさんは「圭くんにピッタリの役だ」とおっしゃっていましたが、僕自身は全然違うと思っていましたが(笑)。もちろん、そうは言っても、おさむさんの中で、きっと僕の中にある何かしらの一面を見せたいと思って書いてくださっているはずで。そうした思いもあって、あえて役作りをせずとも僕らしくなるだろうし、逆に、自然といつもと違う面も出るはずだと思って演じていました。それに、オリジナルストーリーの舞台ですので、どんな人物になったとしてもそれが正解ですし、月人の人となりは膨大な台詞の中でかなり細かく説明されているので、“月人はこんな人間なんです”と分かりやすく演技面で表現する必要もなかったんです。
◆では、鈴木さんの演出を受ける中で、月人役の印象に変化などはありましたか?
先ほどの話とも繋がることですが、おさむさんは“この月人をどう作ってもいい”という考えなんです。稽古をしていても、最終的におさむさんが口にするのは、「もう芝居うんぬんじゃない田中圭がみたいです」ということで。つまり、演技とか役とかを超えて生まれる、これまでの田中圭にはなかった感情をいかに舞台上で、共演者の皆さんやそれを見てくださるお客さんと一緒に作り上げていくか。そこを一番大切にしていました。ですから、おさむさんから「月人をこう演じてほしい」という言葉は一度も聞かなかったですし、公演を終えた今でも、おさむさんが月人をどんな人物だと思っていたかも、正直分からないです(笑)。…ただ、ある時に気づいたことがあって。おさむさんとはこれまでに3本の舞台を作ってきて、必ず最後には僕の役が死んでいるんです。もしかしたら、おさむさんは僕に何かしらの恨みがあって、それを役で晴らしているのかも…なんて思ったりもしました(笑)。