映画監督・西川美和インタビュー「映画の面白さをあらためて感じることができた」

特集・インタビュー
2016年09月30日

 CS映画専門チャンネル・ムービープラスで放送中の、各界の著名人が自身の人生に影響を与えた映画を語る人気番組『この映画が観たい』に出演する映画監督の西川美和さんにインタビュー。番組で挙げたフェイバリット・ムービーについて、さらに10月14日公開の新作映画「永い言い訳」についても、お話を伺いました。

西川美和

◆西川監督の過去の作品も含めて、登場人物の何げないしぐさでその人の本質が現れているシーンが多いと思うんですが、そういった行動などを日常からチェックされているんですか?

あんなふうに言ってはいても、内心こうなんでしょ?というのは、実は他人を見て感じるよりも自分自身がサンプルになっていることが多いと思います。
対外的には取り繕ったけど、内心ぜんぜんそんなふうに思ってなかったわ、とか。誰かが亡くなってすごく悲しいのに、トイレに行ったら無心でお化粧崩れを直してた、みたいな。本当に悲しいんだか何だか分かんないわって自分自身が思ったことを書き留めたりすることは多いと思います。
新作映画「永い言い訳」の幸夫(本木雅弘)のイヤな感じというのは、私自身が持っているイヤな感じが大いに参考になっていると思います(笑)。

◆西川監督は自分のイヤな部分に気づきやすいということですか?

自分のイヤな部分には敏感だと思います。
でも、私の中のイヤなところも、特別な個性ではなく、濃度の差はあっても他の人もみんな持っているものなのではないかと少しずつ思うようにもなりました。
私に近いと思って書いて、本木さんに脚本を渡したら、お読みになった奥様が「うちの夫そっくり!」とおっしゃったり(笑)。
意外と人間の暗い面や愚かな一面は普遍的で、人が共通に抱えるものではないかなとも思います。

◆新作映画「永い言い訳」でヘンデルの曲が使用されているのは、『この映画が観たい』でオールタイム・ベストの1本に挙げていた「クレイマー、クレイマー」で使われているヴィヴァルディからインスパイアされたのですか?

最初から意図していたわけではありませんが、あの映画における「マンドリン協奏曲」はとても素晴らしい曲使いだな、とはずっと思っていました。
あの小さな家族の物語が、シンプルな楽器の編成や楽曲とマッチしていて、かわいらしくて健気なメロディは、悲しくも聞こえるし、楽しくも聞こえる。クラシックの中でも、バロック音楽には解釈の懐の深さのようなものを感じていました。
なので「調子の良い鍛冶屋」というヘンデルの曲と出会ったときに、「あ、『クレイマー、クレイマー』のようにできるといいな」とはやっぱり思いました。

◆理想とする映画に近づきましたか?

近づけてるといいですよね(笑)。
シナリオを書いているときにとてもシーン数が多くなって、第1稿の時は尺を測ると2時間25分くらいになりそうだったんです。
そのときに「クレイマー、クレイマー」を見直したらたしか100分ちょっとだったんですね。
シーン数も80程度。私のは125くらいいってたんですけど。
でも、私が125シーン、2時間25分で描こうとしていることより、この100分で描かれていることのほうがよほど密度が濃いなあとも思い、もう一度そこからブラッシュアップして行くことを決めました。

◆「クレイマー、クレイマー」を評して“作品全体に品性がある”とおっしゃっていましたが、西川作品にも品性を感じます。

ええ!本当に!?だったらいいんだけど(笑)。

◆“品性”という部分で意識されていることはありますか?

できれば品性がある作品を撮りたいです……。でも、テーマ自体がたいていえげつないからなあ(笑)。
生まれもって気品のある方っていますよね。私にはそういうものが欠落していて、どちらかというと、『この映画が観たい』番組内でも紹介した「オースティン・パワーズ」側の人間だと思うので(笑)、やっぱり裸のままで世の中に出ちゃいけないと。
できるだけ商品として人に提供できるように、作品には品性を持たせてやりたい、とは思いますが(笑)。

『この映画が観たい』西川美和

◆オールタイム・ベストとして選ばれた映画はすべて洋画でしたが、邦画から挙げると?

北野武さんの「その男、凶暴につき」と川島雄三さんの「しとやかな獣(けだもの)」です。「クレイマー、クレイマー」と作風は違うけど、私の中では相通じるものがあります。
80年代の洋画のアクションなどで育ったので、子供の頃は「インディ・ジョーンズ」のようなテーマパーク的な楽しさが映画の魅力だと思っていたし、実際非常に洋画も元気がよかったので、何となく日本の映画は湿っぽくて地味で貧乏臭いという固定観念があったんです。
でも、武さんの映画を見たときに、それまで自分が日本映画に抱いていたイメージともまた違う感覚がありました。お金はかかっていないし、テーマも描き方も途轍もなく暗いのだけれども、明らかにテレビや小説とも違う、映画でしか出来ないきわどい表現のようなものを見た気がしたのです。武さんの映画もそうですし、川島さんの「しとやかな獣」もほぼワンセットに近い環境で、その制約をものともしないほどゴリゴリに複雑な人間性を描いている。映画はスケール感がすべてじゃない、と思えました。どちらも日本の映画の世界で生きていってみたいなと思えるきっかけになった、自分にとって大切な映画だと思います。

◆今回の新作「永い言い訳」は師匠の是枝裕和監督の反応はいかがでしたか?

今回は珍しく褒めて下さいました(笑)。子供たちもとてもいいねと。
私は子役の人たちとこれまでしっかりお仕事をしてきたわけではないので、とにかく自信がなかったのですが、長く子供の演出をされて来た師匠の名汚しをするわけにはいかない、という勝手にプレッシャーも感じていました。へんなお芝居をさせては師匠に飛び火が行くぞと。
是枝さんの現場はいつも和気あいあいとしていて、子供にプレッシャーを与えず、台本も渡さずにその日に現場でこそこそっと耳打ちして演じてもらっていると聞きます。だからそういう手法でやれば、あんな風に自然に、楽しげに演出できるものなんだろうと思って、とりあえず噂をなぞるようにやってみたら、これがまったくうまくいかない。ちっとも言うことを聞かない(笑)。どうなってんのと。

でも、考えてみれば私と是枝さんはパーソナリティーも違うし、描いている物語も違うし、子供たちも1人ひとり個性が違う。
だから師匠のやり方をなぞればうまく行くなんて間違いで、結局、大人の俳優と付き合うのと一緒で、その子個人とどうしたらコミュニケートして行けるのかを探りながらやるしかないんだな、と。これは勉強になりました。
是枝さんに比べると荒っぽかったと思いますけど(笑)、私たちなりのやり方で苦労した結果を、「よくあんなふうにお芝居つけられたね」と言っていただけたのにはほっとしました。

◆竹原ピストルさんが演じた大宮は非常に重要な役柄でしたね。

とにかく幸夫と対極的な人物を、と思いながらいろんな方に会った中で、ピストルさんに出会うことができました。
本木さんのキャリアも人格もポジションも、生身の竹原ピストルさんが持っているものが本当に対照的だった。この人ならば本木さんがひるむんじゃないかと思えたんですよね。
こういう相手に来られたら、今までの方法論じゃ通用しない、と本木さんに思わせることが重要だったんですが、ピストルさんもこれまでの出演作以上にせりふも多いし、重要な役を担うことにプレッシャーを感じて、日々悩んでおられました。
ご本人はいろんな葛藤があると言われますけど、私から見れば存在そのものに真実味がある人だと思います。本当に子供たちのことを好きになっちゃってたし(笑)。
上の子が楽屋でも自分のことを「お父さん」って呼んでくれた時、めちゃくちゃうれしそうにしてたんですよ。そういうピュアな感性というのは持って生まれたものですし、ピストルさんはピストルさんでいてくれればそれ以上の輝きはないと思っていました。

私が演出的に特に何も言わなかった場面が、とりわけよかったと思います。
子供の抱き上げ方ひとつとっても、あの人にしかない真実味のある温かさと優しさと飾りのなさが出ていて、私はいいキャスティングができたなと思っています。

◆俳優陣と表情などの繊細なニュアンスを共有するためにどんなふうにコミュニケーションをとられたんですか?

俳優によりますね、ほんっとに(笑)。
深津絵里さんは、現場に来たときはもう何1つ言うことがない。いかに準備をされてきたかということだと思います。何が自分に求められていることかについて、徹底して自習できる方なんだと思います。
逆に本木さんはものすごく多くのコミュニケートを必要とされますし、テイクも重ねます。いろいろ試してみるんです。例えば私が想定していたのは抑えめの演技だったけれど、本木さんが1つ目に出してきたのは感情の強い演技で、一見違うかな、と思うけども、全体の設計をよくよく考えると、そっちのほうがいいかもしれない、と思えて来たりすることもあるんです。
私が持っている幸夫像よりも、本木さんが持っている幸夫像の方がより良いのかもと立ち止まることもあり、私も悩み、本木さんも悩み…。
今回は時間をかけて試行錯誤させてもらった気がします。

◆最初に西川監督が描いていたゴールとは違うところにたどり着いているということも?

あります。何か私が意見をして、本木さんがやってみたらぜんぜん違うこともあるんですね。でもそれがとても良い場合がある。
私も意図しない、本木さんも意図していない、でも意外と今のが正解かも、ということもありました。
これまでの作品の中で一番テイクを重ねたと思います。

◆西川監督は小説を書き、映画を撮られますが、それぞれに自由さ、不自由さがあると思います。この表現は小説で、この表現は映画で、というような使い分けは意識されますか?

自由になりたいという思いから、今回は先に小説を書いてみたんです。
脚本は、物語の時間的制約と、予算的制約を頭に入れつつ、とにかく一行ごとにそれが撮影可能かどうかを常に意識しながら書いてきました。場面の数、台詞のワード数、ト書きの表現も、出来るだけコンパクトに伝わりやすく、ということを念頭に置きます。
それに比べると、お金や時間に縛られず、可視化出来るか否かに縛られず、自由に書きたいことを書いていいんだな、というのが私にとっての小説の印象で、気楽と言うと勝手ですけれど、でもやっぱり私は映画の仕事を軸にしていますので、小説のかたちで物語を書くことに対しては何も気負わず、やっぱり気楽に感じてしまうんです。
自分の語彙の中ですべてを作らなければいけないから、筆も遅いですし、能力の壁にはぶつかりどおしではありましたけど、それでも本当に楽しかったなと思います。

ただ、映画のためにとっておこうと思った場面もありまして、夏の海のシーンなんかは小説を書くときからぼんやりと浮かんではいたんですが、これは映像でこその美しい場面になるだろうから、というので小説には登場させませんでした。

小説を書き上げてから映画作りに入って、今回はそれぞれ、みんな役に近い人に来てもらったというのもあるんですが、自分が筆で書ける以上のことをそれぞれの個性が現場に持ち込んでくれたところも多かったと思います。
子供たちは当然そうですし、本木さんやピストルさんが私の筆では表現しえない種類の人間味を加味してくれましたので、小説どおりにいっていないシーンであるほど、私は「いいな」と感じるんですよね。自分からは決して出なかったものが滲み出てるなと。
私がせりふを書きこんだシーンよりも、ト書き1行で済まして、あとは自由に演技をしてもらったシーンはどれもいいなあと思いますので、やっぱり自分以外の人の持っている力が発揮されるところが映画の面白さなのかなとあらためて感じることができた作品でした。

 

■番組情報

『この映画が観たい』西川美和

「この映画が観たい#37 ~西川美和のオールタイム・ベスト~」
自身の人生に影響を与えた映画について語る、ムービープラスの人気番組。今回、西川監督が挙げたオールタイム・ベストは、「クレイマー、クレイマー」「旅立ちの時」「オースティン・パワーズ」「オアシス」「スポットライト 世紀のスクープ」の5作品。さらに番組内では、師匠・是枝裕和監督との出会いなどについても語っている。

CS映画専門チャンネル・ムービープラス
10月3日(月)23:00~23:30ほか

番組サイト(http://www.movieplus.jp/guide/mybest/1610.html

ムービープラス公式サイト(http://www.movieplus.jp/

 

■PROFILE

西川美和
●にしかわ・みわ…1974年7月8日生まれ。広島県出身。
大学在学中より、映画『ワンダフルライフ』(99/是枝裕和監督)にスタッフとして参加。以後、フリーランスの助監督を経て、2002年『蛇イチゴ』でオリジナル脚本・監督デビュー。
06年、長編2作目となる『ゆれる』が異例のロングランヒットを記録。第59回カンヌ国際映画祭監督週間に正式出品されたほか、国内主要映画賞を総なめにする。
長編3作目の『ディア・ドクター』(09年)も、第33回モントリオール世界映画祭コンペティション部門に正式出品され、第33回日本アカデミー賞最優秀脚本賞など数多くの賞を受賞。
長編4作目の『夢売るふたり』(12年)も、第37回トロント国際映画祭スペシャル・プレゼンテーション部門正式出品をはじめとし、国内外で賞賛を受ける。
映画界での活躍以外に小説・エッセイの執筆も手掛け、『ゆれる』のノベライズで第20回三島由紀夫賞候補、『ディア・ドクター』のアナザー・ストーリーである「きのうの神様」で第141回直木賞候補、「永い言い訳」で第153回直木賞候補・2016年本屋大賞候補となった。

 

■映画情報

「永い言い訳」
10月14日(金)ロードショー

主演:本木雅弘
原作・脚本・監督:西川美和

出演:竹原ピストル 藤田健心 白鳥玉季 堀内敬子・池松壮亮 黒木華 山田真歩・深津絵里

原作:『永い言い訳』西川美和(文藝春秋刊)
挿入歌:手嶌葵「オンブラ・マイ・フ」

公式サイト(http://nagai-iiwake.com/)

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