未来の荒廃した世界にワープしてしまった電車の乗客たちが見知らぬ土地で共にサバイバル生活を送る姿や、登場人物の過去に秘められた謎が話題を呼んでいる山田裕貴さん主演の金曜ドラマ『ペンディングトレイン-8時23分、明日 君と』(TBS系 毎週金曜 午後10時~10時54分)。ヒューマンエンターテインメントを主軸にSF要素が加わった本作の世界観を構築している美術スタッフにインタビュー。美術プロデューサーとして全体を指揮している二見真史さんと、美術デザインを手がけた野中謙一郎さんに、緑山スタジオの土地に作った巨大オープンセットの秘話やこだわりをたっぷりと伺いました。
◆この企画が持ち上がったときに感じたこと、製作初期の動きを教えてください。
二見さん(美術プロデューサー):最初に企画書を見たときに、まず「普通の連続ドラマの規模でできるのかな?」というのが率直なところでした。通常のドラマですと、車や電車を借りる際は制作セクションが準備するんです。最初の打ち合わせで、「この電車は美術が作るのか、それとも制作が用意するのか」という話から始まりました。電車の車両ごと異世界にワープしてしまう話なので、「こんな荒唐無稽な話が実現できるのか。バスにしたほうがいいんじゃないか」とか、「図書館やカフェにしたほうがいいんじゃないか」みたいな話があったりして。そうして打ち合わせを重ねていく中で、「やっぱり最初の企画意図を大事にしよう」ということになりました。プロデューサーから「電車であることの規模感が大事だ」「バスじゃ小さいし、ちょうど電車の車両ぐらいの大きさで、60人ぐらいのコミュニティの話にしたい」という話があったので、こちらも受け止めて。それから見積もりを何種類も作って、各所といろいろとやりとりして、今に至る…という感じです。
◆そのやりとりの中で、今回つくばエクスプレスさんの協力が決まったんですね。
二見さん:そうですね。駅のシーンがあったので、そこは実際にロケで撮影しなければならないですし。そこはプロデューサーの2人がすごく頑張ってくれました。いろんな鉄道会社さんとご相談していく中で、昨年11月ごろにつくばエクスプレスさんが企画に乗ってくれて。僕も打ち合わせに行って、セットを作るに当たって必要なパーツの話などをしました。つくばエクスプレスさんに今は使っていない電車があるということだったので、そのパーツを全て外して、緑山スタジオに移築するという方法になりました。
野中さん(美術デザイン):車両のパーツは本物をお借りできましたが、外装はなるべく本物に似せたものを3Dモデルで作りました。特に車両の上のパンタグラフの近くのガイシ周りは、リアルなものを再現しているので注目してほしいところです。
二見さん:車輪も一部、3Dモデルを起こして作っています。屋根の上のガイシも3Dプリンターで作ったりと、細かい部分もこだわっています。ただ、セットが出来上がったときに、地面に埋もれていたり車両に傷がついていたりする部分があったので、つくばエクスプレスさんが心証を悪くしたらどうしよう…という不安はありました(笑)。でも担当の方が現場に来たときに、すごく喜んでもらえて。車両の中に入ったときにも「本物じゃないですか!」って言ってくれたのでよかったです。
◆オープンセットの制作には、どれぐらいの日数がかかりましたか?
野中さん:大体1か月ぐらいかけてオープンセットを作りました。本当だったらもっと時間をかけてやるんですけど、1か月でよくできたなっていうのが僕らの正直な感覚です(笑)。緑山スタジオの敷地に植林して、岩や苔にもこだわって作っています。今回のドラマの設定はSF要素が多いので、映るものにリアリティがないと視聴者も冷めるんじゃないかと思いまして(笑)。なるべく本物の素材を取り入れたオープンセットになっています。立て込みの日数だけで言えば1か月ぐらいなんですけど。その前にいろいろな準備をしているので、総製作期間はもう少しかかっています。
二見さん:時間があったらあっただけ作っちゃう人たちなので、「2か月で」って言えば2か月かけて作っていたと思います(笑)。製作期間は限られていましたが、その中でも最大限見栄えのいいものを作り上げられたのではないでしょうか。立て込みに入ってからは、もともと何もないフラットなところに土を盛っていって、地形の起伏から作り始めました。作中で役者さんがいてよく映っているところは、大体地形から作っています。地面から生えているように見える木も、頻繁に映る場所のものはほどんど我々が植えたもので。奥の方の木々がうっそうとしたところは緑山スタジオの地形です。カメラマンでさえ「ここも埋めてるの!?」って驚いていたので、視聴者の皆さんが思っているより作り込んでいるんじゃないでしょうか。僕らが手を加えたところが200坪ぐらいあって、実はその先にもともとの緑山の地形を使っています。そこも入れると、全体で600~800坪になるかもしれません。
◆この規模のセットは、連続ドラマではそうないものですか?
野中さん:そうですね。連続ドラマだと数年に一度あるぐらいかと。
二見さん:僕が携わった作品で緑山にオープンセットを建てたのは『天皇の料理番』(2015年)以来です。野中さんも『この世界の片隅に』(2018年)っていうドラマをやっていて。それもオープンセットを使ったんですけど、それ以来。数年に1回じゃないですかね。
◆4話で登場したもう1つの車両、6号車も同規模で作られているのでしょうか?
二見さん:6号車の人たちは村みたいなところで暮らしているっていう設定で。その村は千葉の山奥に作って、ロケで撮影してきました。ただ、村の外観的な部分はいろんな地形を利用してCGで合成して作っています。車両については、スタジオセットで撮影しています。
野中さん:車両自体は5号車とほぼ変わらないのですが、6号車には運転席部分があるので、そこだけパネルを追加しています。また台本のト書きで、車両の中が個室のようになっていてそこで生活している設定になっていたので、自然木で電車の中を区切って5号車とは全く違う印象の作りになっています。
二見さん:スタジオセットではLEDパネルを使用して、オープンセットと同様に樹海の風景を再現しているんです。その利点を生かして、6号車ならではの風景を映して5号車とは全然違う場所にあるように見えるようにしています。
◆セットに関して、現場からはどんな要望がありましたか?
野中さん:通常の家のセットなどもそうなんですけど、技術チームからは電車も壁や天井を外して撮影がしたいという要望があって。それを電車でやるのは、通常のセットより大変でした。
二見さん:電車の天井をパカッと外して、真俯瞰からカメラが入ったりとか。そういう撮り方をしています。最初の段階で、オープンセットもスタジオセットも、全体の世界観を決めるためにコンセプトアートを美術が描いて提示しているんです。それを監督やプロデューサーに見せて「こういう世界観でやりたい」と美術から提示しているので、むしろビジュアル面はこちら発信のことが多いです。監督から要望があったもので言うと、杉本哲太さん演じる田中が1人で暮らしている住処ですかね。オープンセットの近くの山の中に作ってあるんですけど、監督から「大きな木の根っこに田中が座れるようにしたい」とリクエストを受けました。巨木の根っこ自体を作って、そこに田中が座れるようにしてあります。
野中さん:地面に穴を掘って、そこから根っこを出して苔むして…と作り上げましたね。場所も含め、こちらから「ここに作ったら面白くなるんじゃないか」という提案でした。
二見さん:5話で出てきた船も我々が準備して、緑山の中に埋めたんですけど。ストーリー上、後から登場するものも含めて、世界観の構築については我々も自信を持ってやっています。
◆キャストの皆さんがセットを見たリアクションはいかがでしたか?
二見さん:まずオープンセットでの撮影から始まったんですけど、最初にキャストの皆さんがセットに入ったときは「わぁ~!」っと沸いていましたね。オープンセットの出来があまりにもよかったので、役者の皆さんが「これはなるべくオープンで撮った方がいい」と言っているのが聞こえてきて。でもその後、スタジオにLEDを設置して、3DCGのシステムを立ち上げて、こちらもすごく作り込んだんです。そこに主演の山田(裕貴)さんが入ってきたときに、「これはすごい! テレビドラマの枠を超えてる!」と言ってくれたのがうれしかったですね。恐らく電車の外は何もない中でやるんだと思っていたんでしょうけど。スタジオセットではLEDも3DCGも使っているので、スタジオの中で撮っても外と全く変わらない環境に映るように仕上がるんです。LED全体のサイズは、横17メートル、高さ4メートルあります。ものすごく大きいんですけど、引き枠の上に乗っているので20人ぐらいのスタッフで押して動かせるんです。それをスタジオの広いところに動かして、別のシーンを撮ったりもしています。例えば1話の車の中で直哉(山田裕貴)が手紙を読んでいる回想シーンの車窓の風景も、LEDで映しています。
◆サバイバル生活の描写をする上で、工夫したことはありますか?
二見さん:劇中で山田裕貴さん演じる直哉がたいまつを使用しているシーンがありますよね。たいまつって、木の棒にタオルを巻いて火をつけても、油がしみてないと燃え尽きちゃうじゃないですか。でも、“SFの世界で油なんて誰が持ってるんだ”って話になると思うんですけど、サバイバル監修の方が「車輪のところにグリースが塗ってあるんじゃないか」とおっしゃって。そこで、3Dプリンターで作った車輪にグリースをかけておいて、1話でそれを拭いとるカットが入りました。でも、油がいつまでもあるわけではない。そこでまたサバイバル監修の先生の意見をいただいて。たいまつって“松に明るい(=松明)”って書くんですけど、松やにが多く含まれたファットウッドっていう種類の木があるんです。その木を見つけたことにして、途中から竹筒の上にファットウッドを付けたたいまつに変わっています。
◆ストーリー展開に合わせて生活道具や車両周辺の環境にも変化が見られますが、今後の注目ポイントはありますか?
野中さん:3話で炊事場が出来て、食器が増えました。5話からは車内に、棚などが出来ています。6号車が自然木を使った内装になっているので、5号車もその影響を受けての変化です。
二見さん:藤つるで作った籐かごがあるんですが、それは我々の仲間の植木スタッフが現場でモニターを見ながら編んでくれました。あと、オープンセットに鉄の骨組みみたいなやつが埋まっているんですけど、それは昔の電車の架線が通ってたトラスの名残りのつもりです。これが荒廃した未来とか文明が崩壊したとか、そういった世界観を表すのに効果的に働いているんじゃないかと思います。また、プロデューサーから「5話でお風呂が出来る」と聞いていて。さすがに丸太をくり抜いても火にかけられないし、川沿いで温泉を掘るわけにもいかないし…と、どうしようか考えていたんです。そんな中、ロケハンで廃線になった線路跡に行ったときにトンネルの脇に古びた配電盤のボックスがあったんです。それを見て、セットの設計段階からトンネルの脇に配電ボックスみたいなのを飾っておいて(笑)。それを後に、風呂釜にすることにしました。
◆オリジナル作品だからこそ、やりがいを感じている部分を教えてください。
野中さん:今回は特にリアリティを求めました。オープンセットもそうなんですけど、とことん本物に近いものを使って作るってことが僕の美術デザイン的な使命といいますか。いつものドラマのデザインとはまた違ったところが、作っていて非常に楽しかったですね。
二見さん:これまで原作ものをやることが多くて、その時に原点に立ち返るのに漫画や小説を見直すことがあるんですけど。それが今回ないぶん、監督やプロデューサーと話し合う時間が多くなったなと感じています。それにより自分たちの意見が取り入れられやすいというか。いい環境で、いい作品作りができているのではと感じています。
番組情報
金曜ドラマ『ペンディングトレイン-8時23分、明日 君と』
TBS系
毎週金曜 午後10時~10時54分
<配信>
Paravi:各話の初回放送直後配信
Netflix:世界配信 日本国内では、4月22日(土)より配信開始
その後、海外にて順次配信予定
<キャスト>
山田裕貴、赤楚衛二、上白石萌歌、井之脇海、古川琴音、藤原丈一郎(なにわ男子)、日向亘、片岡凜、杉本哲太、松雪泰子 ほか
<スタッフ>
脚本:金子ありさ(『恋はつづくよどこまでも』『着飾る恋には理由があって』ほか)
主題歌:Official髭男dism「TATTOO」(ポニーキャニオン/IRORI Records)
プロデューサー:宮﨑真佐子、丸山いづみ
編成:吉藤芽衣、平岡紗哉
演出:田中健太、岡本伸吾、加藤尚樹、井村太一、濱野大輝
番組公式サイト:https://www.tbs.co.jp/p_train823_tbs/
番組公式Twitter:@p_train823_tbs
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