橋口亮輔監督&尾崎世界観がA・ヘイ最新作「荒野にて」を語る!

映画
2019年04月02日

「荒野にて」スペシャルトークショー
 アンドリュー・ヘイ監督最新作「荒野にて」のスペシャルトークショー付き先行上映が実施され、橋口亮輔監督×尾崎世界観(クリープハイプ)が登壇した。

 トークショーで橋口監督は本作の感想について「濃い映画だな、美しい映画だな、というのが端的な感想でした。皆さん不思議な映画だと思いませんでしたか?観ながらストーリーを追っているんですけど、観ている間自分のことを考えていたんですよね」と。尾崎も「自分のこと考えてしまう、というのはよく分かります。僕も他の人のライブを観ていても、いいライブだと、自分のライブのこと考えてしまうんです。この映画にはそういう隙間がいい意味であったなと思います」と賛同した。

 橋口監督は「少年の話なんだけど“世界に踏み出す”“大人になる”っていう時って、僕もこの少年のようだったなと思った。心細いし、頼りないし、何かいろいろうまくできないんだよね。大人ってクソばっかり、大人って何でこんなことも分からないんだろうって思っていたけれど、実際世の中に踏み出してみると、そこは荒野のようだった。自分に照らして言うと、16~7歳で作るということを始めて、作るって“自分とにらめっこすること”だと思うんだけど、そうなると自ずと逃げられないよね。自分を受け入れなければならない。もう一回世界を作り直すというか、世界に対して自分なりの意味を付け直していく。自分で意味を付け直さないと生きていけなくなってしまうんだよね」と自身の経験に絡めて作品を振り返った。

 少年が天涯孤独となってしまうストーリーについて、尾崎は「ここは突然でしたよね。よく観る物語では、ちょっとずつその登場人物が死に向かっていくのが定番だと思うんですけど、今回のような一瞬で死に直面するっていう方がリアルに近いのかな、と思います」と。

 橋口監督は印象的なシーンについて「チャーリーがデブな女の子に出会うシーンが好きで、僕はそういうシーンに心が惹きつけられるんだよね。彼女はスポットライト当たらない人生、報われることのない人生を生きている。でもそんな女の子でも、もし神様がいるとしたら、一生に一回神に祝福されるような瞬間を迎えることがあるんだろうな、と思うんです。変な宗教の話じゃないですよ(笑)。この映画全体もそうですが、監督が意識していたスタインベックの小説もそうなんだけど、“永遠の中の一瞬”みたいな、世界からしたら砂つぶみたいなものが輝く瞬間がある。僕も自分の映画の中でそういう人にスポットライトを当てるんです」と。これを受けて尾崎も「僕も子供の頃『ドラゴンボール』を見て脇役のことを考えてました」と話し、会場の笑いを誘った。

 尾崎が「この映画は飛び飛びの印象があります。全部をしっかり描いていないから、考えさせられますよね」と話すと、橋口監督は「誘導されないよね。トラン・アン・ユン監督が昔言ってたんだけど、映画には2種類あって、トラン・アン・ユン監督の作品のような、見ながら感じさせる余白のある映画と、スピルバーグ監督のような見方を強制させる作品があって、この作品は前者のものだよね。ヘイ監督の過去作で『ウィークエンド』って1組のゲイのカップルの一晩を描いた作品があって、僕はその作品はヘイ監督の“習作”だと感じたんです。自分を確認し直すような作品に思えた。商業性とは別に、自分の中の根拠を元に作品を作る人なんだな、っていう印象があるんだよね」と語った。

 その流れで橋口監督が尾崎にミュージシャンとして観客数をどれくらい意識するかと質問。尾崎は「1万人の前でやるときも100人の前で演奏するときもあるんですけど、難しいですね。どちらも対応できなければならないと思います。(音楽は)映画よりも、人にその場で聞いてもらって対応してもらえるような印象があります。大きいホールでやるのも、狭いところで肌が触れ合う感覚で聞いてもらうのも、どちらのよさもありますね。ただ、1万人の前でも100人の前でも同じ気持ちでいなきゃいけないっていうのは嘘だと思います。不機嫌な時は不機嫌なライブはしたらいいと思いますし、もちろん最低限のものはあると思いますけど(笑)。でもその時の気持ちは出した方がいいのではと思います。僕は自分で作って自分で歌っているので、そこが(映画との)大きな違いだと思いますね」と映画と音楽の違いを踏まえて回答。そんな尾崎に橋口監督は「さっき尾崎君演技やらないのって聞いたら“できない”って言うんだよね。絶対できると思うのに!」と語った。

 ヘイ監督の話になると、橋口監督が「『さざなみ』であれだけ評価されると、普通はハリウッドに行くのに、その次の作品がこの『荒野にて』なんだよね。いくらでもハリウッドに魂売れるのに、この作品なんだよね。自分の中に伝えたいものがあるんだと思います。自分の中に根拠がある人だからこそ、習作である『ウィークエンド』から『さざなみ』までの、ものすごいジャンプができるんだよね。巨匠の域に入った人でしょう。その『さざなみ』の後にこの作品というので、ここでも感動しました」と大絶賛。

 最後に印象的なラストシーンに関しての話になると、尾崎は「最後のチャーリーのまなざしにずっと思うところがあって、その印象で終わるのはすごく正しいな、と思いました」と。

 橋口監督は「前半でヘイ監督は少年の表情を割と丹念に立体的に撮っていたと思うんですけど、馬と一緒に荒野に出てからはほとんど寄りのカットを撮らないんです。普通、新人を映画に使う時は、この新人いいでしょ、って顔を寄りで撮りたいはずなのに。チャーリーが馬相手に語るシーンも、カメラ絶対寄らないよね。少年の手前に馬を置くんだよね。普通あんなの怖くて撮れないよ。馬って動物だからどう動くか分からないじゃん。大切な場面なのに、あんなに怖いことするなって思った。涙もほとんど映さない。人情として、普通は涙を撮りたがるのに。僕が作った映画でも淡々としていると批評を受けるんですけど、そんな僕でも涙を寄りで映しますよ。それで最後のあのパート。あのシーンは素晴らしいですね。世の中ってクソだな、でもそんな中でも砂つぶのような美しいものがある。世界の中で美しいものも、クソもある中で、それが世界で、僕は生きていく、そんな印象を受けました」とここでもヘイ監督の手腕を評価した。

 そんな橋口監督の意見に対し、尾崎は「僕はもう少しきつい視線に感じました。映画という物語自体も疑っている目線だな、と思いました」と語った。

「荒野にて」
4月12日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷他 全国順次ロードショー

<STORY>
小さい頃に母が家出し、その日暮らしの父と二人暮らしのチャーリー。家計を助けるために老いた競走馬リーン・オン・ピートの世話を始めるが、ある日父が愛人の夫に殺されてしまう。15歳で天涯孤独になってしまった彼の元に、追い打ちをかけるように届いたのは、試合に勝てなくなったピートの殺処分の決定通知だった。誰にも必要とされないピートの姿に自分を重ねたチャーリーは、一人馬を連れ、アメリカ北西部の広大な荒野に一歩を踏み出すが――。

監督:アンドリュー・ヘイ(『さざなみ』)
出演:チャーリー・プラマー(『ゲティ家の身代金』)、スティーヴ・ブシェミ、クロエ・セヴィニー、トラヴィス・フィメル
配給:ギャガ
原題:LEAN ON PETE/2017/イギリス/カラー/ビスタ/5.1chデジタル/122分/字幕翻訳:栗原とみ子

©The Bureau Film Company Limited, Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2017

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