親になることからも大人になることからも逃げてしまった主人公が、過去の過ちと向き合い不器用ながらも青年から大人へ成長する姿を描いた映画「泣く子はいねぇが」が11月20日(金)より全国公開する。本作が劇場デビュー作となる佐藤快磨監督が約5年をかけて作り上げたオリジナル脚本に是枝裕和監督がほれ込み、企画を担っている。秋田県男鹿半島を舞台に描かれる本作で主人公・たすくを演じた仲野太賀さんと、たすくの妻・ことねを演じた吉岡里帆さんにインタビュー。同じ年だから感じるお互いの魅力、それぞれの役柄への思いなどを聞いた。
たすくは自分と地続きにあるキャラクター。それくらい共感できたし、「僕ならできる!」と思った(仲野)
◆佐藤快磨監督が手掛けた脚本を読んだ時の感想を教えてください。
仲野:素晴らしい脚本だなと率直に思いました。今もそうですが、自分自身も20代になり大人の世界に入ってから、“どうしてもっとうまくやれないんだろう” “何でもっと大人になれないんだろう”といったモヤモヤみたいなものを漠然と抱えるようになりました。そして10代のころの自分の気持ちみたいなものがいまだに心の中に図太く横たわっている自覚があるんです。そんな中でこの脚本を読むと、求められたものに応えられなかった自分、応えたい気持ちはあったけれど追いつかなかった自分みたいなものがすごく描かれている気がして、僕はこの脚本を読んで、今の自分の等身大を余すことなく表現できると思いました。
◆吉岡さんはいかがでした?
吉岡:私は映画の舞台である秋田県出身の監督が何年も脚本を練っていたというお話をうかがってから読みました。まずは脚本の緻密性というか時間をかけて書かれたということ、そして何より監督が今までやってきたことをこの作品にぶつけていらっしゃるなということを感じました。ナマハゲという文化を通して、未熟な青年の父性を描いていく作りが本当に面白くて、日本人独特の心の機微のようなものがすごく出ていると思いました。個人的な葛藤みたいなものを、映画を通して描いていくという、やりがいのある仕事を頂けてうれしいなと思いました。
◆お互いが“たすく”と“ことね”役だと分かった時はどう思いましたか?
仲野:ことねが吉岡さんと聞いた時は本当にうれしかったです。吉岡さんとはドラマ『ゆとりですがなにか』で最初にご一緒したんですが、その時は面と向かってガッツリ芝居をしていないんですよね。僕は吉岡さんとは同じ年で、普段の活躍を見ていますし、そんな吉岡さんがこの映画の中で生きてくれるということが素直にうれしくて、濃い時間を過ごせるんじゃないかと勝手に思っていました。
吉岡:私は初めに太賀さんが主人公ということを聞いて、それもこの作品をやりたいと思った理由の一つでした。先ほど、太賀さんから同じ年という話が出ましたが、私にとって太賀さんは悩ましい人というか。映画館で見るたびにこういう作品をたぐり寄せる人なんだなと思うと、素直にいいなぁと思うんです。憧れの人でもあるし、また一緒に仕事をしたいとずっと思っていたので、念願かなったという感じでした。そしてたすくと太賀さんが私の中ではすごくリンクするというか。太賀さんのことをちゃんと知っているわけではないのに、台本を読んだ時にすぐ脳内再生できて「しっくり来る!」と思いました。監督はすごく「俳優・仲野太賀」のことを愛していらっしゃるんだろうなと思いましたね。
◆監督の“太賀さん愛”は脚本を読んでいる段階から伝わってきたのでしょうか?
吉岡:はい。めっちゃ感じました!
仲野:あはははは!そんなことないんじゃないですか?(爆笑)
吉岡:現場でも2人の仲の良さや信頼関係が見て取れてほほ笑ましかったです。
仲野:いやいやいやいや!本当に!?
吉岡:本当にそうで(笑)。私は2人のお互いへの愛、作品や芝居への愛がぶつかり合っているのを感じてました。
仲野:恥ずかしい!よくないですね。
吉岡:そんなことない!それがすごく良くて、この作品そのものが絶対にうまくいくって予感がしましたね。
◆仲野さんは初めて聞いたって感じですね。
仲野:はい(笑)。僕も監督も「このシーンはこうでああで」と真面目にディスカッションしていたということだと思うんです。ただ周りから見ると、お互いのたすくらしさが出ていたのかなと。お互い甘え合っていたのかもしれない。今気づきました。
吉岡:お互いの性質が混ざっているのはあるかも。相性がいいんだと思います。油と油、水と水みたいな。分離せずに溶け込んでいる感じがします。
◆たすくとことねの人物像をどう捉えて演じましたか?
仲野:たすくは楽な方、楽な方へと行ってしまう、そしてここぞという時になぜだか逃げてしまう、そういう甘えのある役として捉えていました。そう聞くとどうしようもないヤツだと思われてしまうんですけど、ただ彼の中には、ことねと娘への愛情が絶対にあるんだという切実さみたいなものが作品の中に映れば、たすくという人間が浮き彫りになってくるのかなと思いましたね。今求められていることに間に合わない、そういうことって誰にでもあると思います。僕自身にもあるし、たすくに共感できるところはたくさんありました。たすくは夫であり父であるけれど、自分と地続きにあるキャラクターだなって思いました。それくらい共感できたし、「僕ならできる!」と思いました(笑)。
◆吉岡さんはことねをどんな人物と捉えて演じていらっしゃったのでしょうか。
吉岡:たすくは父親になれなくてもがき苦しんでいるんですけど、ことねも同じ。突然母になったことを受け止め切れていないから、夫のたすくに対しても向き合えていない印象が最初にありました。向き合いたいけど向き合えない。なぜならもっと向き合わないといけない、子供という存在ができてしまったから。それは本人も気づいていないレベルの悩みだと思うんですが、そこは大事にしたいなと思いました。
◆たすくとことねが顔を合わせるシーンは終始ピリピリした空気が流れますが、そんな中で演じて印象に残っていることを教えてください。
吉岡:今回の作品で私はロケハンにすごく感動しているんですね。監督が秋田に何度も何度も足を運んでロケ場所を選んでいらっしゃるので、どこに行ってもことねの気持ちにスッとなれる。そのくらい空気が違うんです。その景色の中で太賀さんが見た、話した、それだけで撮影ということを忘れさせてくれる気がしました。生活の地続きにあるような現場だったと思います。
仲野:僕は初日、初めて吉岡さんと向き合った時に「うわ、ことね強い!」と思いました。勝手に吉岡さんから気迫みたいなものを感じたんです。なんていうのかな、忙しくてこの作品をどう捉えているのか話せなかったし、吉岡さんがどう感じているのか不安だったんですね。だけど誠実に現場にいて、ことねとして存在している。それがうれしくて!たすくでは圧倒的に勝てないやと思うような佇まいで、そこにいてくれたんですよね。母としての覚悟があり、女性としての強さもあり、でも同時に儚さもあり。そういうものをはらんで現場に来てくれたから、「本当にありがとう!大好きっ!」と思いました(笑)。
吉岡:そう言ってもらえてめちゃくちゃうれしいです。監督の思いと題材の難しさを感じながら、私もプレッシャーを抱えて現場に入ったので。しかもことねの登場シーンはそんなに多くないので、その中でたすくの気持ちに影響を与えないといけない。冒頭のシーンはその軸になるものなので、相当悩みながら現場に入っていたんです。
◆いくつになっても自分は大人になりきれないと思うもので、正解はないと思いますが、大人になるとはどういうことか、この映画から感じたことはありますか?
吉岡:ことねという役を通してだと、自分以外のものが一番になることかなと思いました。自分のことでいっぱいいっぱいなるんじゃなくて、自分以外の人のことでいっぱいいっぱいになることも大人になることの1つかなと思います。ことねで言えば子供の存在がそうですね。
仲野:たすくはずっと見返りを求めていた気がするんですね。そういう意味では、最後は彼も見返りのない愛情を通せた気がしました。それは1つの愛情の形だし、大人になることのきっかけなのかなって思いましたね。
PROFILE
●なかの・たいが…1993年2月7日生まれ。東京都出身。A型。『あのコの夢を見たんです。』(テレビ東京系)、『この恋あたためますか』(TBS系)に出演中。今後の主な作品に映画「すばらしき世界」「あの頃。」(2021年公開)がある。
●よしおか・りほ…1993年1月15日生まれ。京都府出身。B型。主な出演作に連続テレビ小説『あさが来た』、『健康で文化的な最低限度の生活』『時効警察はじめました』、映画「見えない目撃者」など。写真集『里帆採取 by Asami Kiyokawa』が好評発売中。
映画紹介
「泣く子はいねぇが」
2020年11月20日(金)より全国公開
STAFF&CAST
監督・脚本・編集:佐藤快磨 企画:是枝裕和
出演:仲野太賀、吉岡里帆、寛 一 郎、山中崇、余貴美子、柳葉敏郎ほか
<STORY>
娘が生まれてく喜ぶたすく(仲野)。妻・ことね(吉岡)は、父親になる覚悟が感じられないたすくにいら立っていた。そんなある日、ナマハゲで泥酔したたすくが全裸で走る姿がテレビで全国放送される。2年後、逃げるように上京するも居場所がないたすくは親友からことねの近況を聞き、地元に戻る決意をする。
©2020「泣く子はいねぇが」製作委員会
●photo/中田智章 text/佐久間裕子 hair&make/高橋将氣(仲野)、百合佐和子(SHISEIDO)(吉岡) styling/石井 大(仲野)、Maki Maruko(吉岡)