映画『Shall we ダンス?』『それでもボクはやってない』など、これまで数々の名作を世に送り出してきた周防正行監督。昨年公開された最新作「舞妓はレディ」について、同作品のヒロイン役・上白石萌音さんの魅力、さらに、監督という仕事についても語ってもらった。
上白石萌音さんが現れて、初めてスイッチが入りました。
――20年越しの思いがかなった作品、久しぶりの無条件で楽しめるエンターテインメント、しかもミュージカルですが、このタイミングで実現したきっかけとは?
前回撮った映画『終の信託』がとても重い作品だったので、これを撮り終えたら『舞妓はレディ』のヒロインを決めようと思ってました。でも、オーディションでヒロイン役の子が見つからなかったら潔くやめようと思ってたんです。そんなとき、上白石萌音さんが現れました。そこではじめてスイッチが入りましたね。大体の話は作っていたんですが、シナリオは全くない段階でのオーディションだったので、上白石さんにあわせてシナリオを書いていく、という形で進めていきました。この映画を作ることになった大きなきっかけは、“上白石さんにオーディションで会えたこと”これに尽きます。
――監督が考える上白石萌音さんの魅力とは?
当時の彼女の印象は、普通の中学生であまり目立たない女の子。でも、歌を聞いた瞬間驚きました。表情がすごく変わったんですよ。しかも、上手な歌声なのに、「私、歌が上手いんですよ」っていうふうには聞こえない。ストレートに声が心に届いてくるから、いつまでも聞いていたいと思いました。普段目立たない子が、歌った瞬間、別人のように変わる。この変化に、垢抜けない子が舞妓になって輝くという成長を見せられるんじゃないかと思ったんです。アメリカの良くできた青春映画は、最初は普通の何でもない子が映画の終わりにはかわいくなって輝き、きれいに見える。そう見えるように撮っているわけですが、それに比べると、日本の青春映画のヒロインはだいたい最初からかわいいんです(笑)。で、上白石さんには失礼なんですけれど、垢抜けていないその感じがどのくらいピカピカに輝くようになるのか、その落差を僕は今回の映画で見せたかったんです。オーディションのとき、まさに彼女にその落差を表現できる可能性を感じました。歌った瞬間変化する、この変わりぶりは使えると。
あの竹中直人の前で笑わなかった2人目の女優
――先日、上白石さんにお話をうかがったのですが、「新しい驚きを忘れないで」と監督に言われてからノートに書き残していたそうです。初主演ということで上白石さんも大きなプレッシャーがあったと思いますが、演技をつけたりするときに特に気を配ったことなどはありますか?
歌に関してはあまり心配していませんでしたね。歌って練習していけば自然と自信がつくだろうし、何より歌うことがとにかく好きな子でしたから。だけど、芝居に関しては、オーディションの中でとりわけ彼女がすばらしいとは思わなかったので、芝居は苦労するだろうと思っていたんですね。そしたら芝居もすんなりできちゃうから驚きましたよ。舞妓が実際にどんなことをするか実際に体験してもらったんですが、その時の戸惑いや、できなかったことを忘れないよう、自分が経験したこと、その印象は絶対覚えといてねって言ってたんです。そういったことが現場できちんと活かされているんですよ。あるいは、順撮りではなかったので、“そのシーンが全体の流れの中でどういうポジションにあるのか考えながら演じてね”ってアドバイスしたんですけど、きちんと自分で計画を立ててやっているんです。なのでシーンが前後してもそれに対応することができていた。あと、ベテラン俳優たちとのシーンで台詞を交わし、演技するときも、彼女はきちんと反応して芝居をしているんですよ。本当にすばらしかったです。だから僕が現場で苦労することはほとんどなかったですね。
――春子が泣くシーンを1回しかうまく演じられなかったことを上白石さんがとても悔しがっていて、次、周防監督に会うまでに成長していたいとおっしゃっていました。
あれは、逆に何回もできたらそっちのほうが良くないですよ(笑)。そんな小器用な芝居より、一回一回真剣に向きあい、その都度、心の底から湧きあがってくるものに正直であってほしい。あのとき、なんでNGを出したかというと、本当に些細なことなんです。表情とか芝居そのものは素晴らしかったんですが、前後のつながりで手の位置が違ったんです。ただそれだけなんですよ。でも、あとから後姿と前姿の手の位置が違っても着物だから分からないということに気づいてOKを出しました。本当に僕のつまらないこだわりなんです。逆に彼女に僕が謝りたいですね。つまらない事情で余計なプレッシャーをかけてしまいすみません(笑)。
――上白石さんのクランクアップが竹中直人さんとのシーン(「男衆の歌」のシーン)で「笑っちゃって大変だった」とおっしゃっていました。
そうなの? でも彼女、全然笑ってなかったよ。僕のほうが笑ってたくらい(笑)。あの竹中直人の前で笑わなかった2人目の女優なんですよ(笑)。草刈民代と上白石萌音の2人。上白石さんに関しては笑ってNGというのは1回もなかったですね。たいしたもんですよ。
――特典映像のメイキングの中で、長谷川博己さんに演技について説明されている場面がありましたが、ほかの役者さんともそのように細かく話し合いながら進められたのですか?
それはケースバイケースですね。言ってあげたほうがやりやすいかなって思う人には言うんですけど、うるさいって思う人もきっといると思うし。だから、上白石さんにもどこらへんまで言ってあげればいいのか分からなかったし、言ったあとで余計なことだったかなとこっちも反省するときがありました。だけど、聞かれたら絶対細かく伝えています。僕がこのシーンで何を考えているのか、いろんな角度から話すようにしています。聞かれなかったら、あえて言う場合もあれば言わない場合もある。
映画はいろんな人と作り上げていく“共同作業”
――1本の映画を完成させるのには大変なご苦労があるかと思いますが、監督という仕事の醍醐味、また、楽しいと感じる瞬間はどんなときですか?
映画っていろんな人が一緒になって作り上げていく、いわば“共同作業”なんです。スタッフや役者の方たちが具体的アイディアやいろんな意見を言ってくれることによって僕の世界が広がっていくんです。一人で成立することなんてひとつもないんですよ。自分が作り出した世界観が誰かによって変化したり、広げられたり…それまで自分が考えてもいなかったことが誰かの意見でポンッと変わる。それが一番の映画づくりの醍醐味だと僕は思います。
つくりごとの世界を楽しんでほしい
――最後に映画の見どころについてお聞かせください。
ミュージカルもひとつの魅力ではあるんですけど、それぞれのシーンを個別で楽しめる、そういう映画じゃないかと僕は思っています。底抜けに楽しい映画の中で、リアリティとか本質的なことをどう描くか。それを一生懸命考え、とことん作りこんだ作品になっています。なので、見ている方に“つくりごとの世界”と“花街に生きる人のリアリティ”の両方を楽しんでいただきたいです。あとは、やっぱり役者さんの歌声ですね。プロの歌手ではないけれども、役者の歌の面白さがあります。それぞれの役者さんが、個性+役柄をどう活かして歌っているのか、役者さんの歌声を楽しんでもらいたいです。とくにごひいきの役者さんがいたら、この人ってこんなふうに歌うんだっていうのも楽しめるんじゃないかと思います。
PROFILE
周防正行●すお・まさゆき…1956年生まれ。東京都出身。
1989年、本木雅弘主演『ファンシイダンス』で一般映画監督デビュー。再び本木雅弘と組んだ『シコふんじゃった。』(91)では第16回日本アカデミー賞最優秀作品賞をはじめ、数々の映画賞を受賞。1996年に監督・脚本・原案を務めた『Shall we ダンス?』は、第20回日本アカデミー賞13部門独占受賞という快挙を成し遂げる。
2007年、11年間の沈黙を破り『それでもボクはやってない』を監督。2011年にはバレエ映画『ダンシング・チャップリン』を発表。2012年に監督・脚本を手掛けた『終の信託』は毎日映画コンクール日本映画大賞を受賞。
『舞妓はレディ』は、『Shall we ダンス?』以来、18年ぶりの本格エンターテインメント大作となる。
Blu-ray&DVD情報
「舞妓はレディ」Blu-ray&DVD
2015年3月18日(水)発売
好評レンタル中
スペシャル・エディション(Blu-ray 2枚組)
¥6,700+税
■映像特典
・メイキング「舞妓はレディができるまで。」【完全版】
・劇場未公開ミュージカル・シーン
きついっしょ(歌:上白石萌音/松井珠理奈/武藤十夢)
うちはかいらしい舞妓どす(歌:渡辺えり)
・初日舞台挨拶
・特別番組「はんなり京都旅~上白石萌音が訪ねる 舞妓おもてなしの世界~」
・4K番組「世界の名匠を訪ねて 周防正行監督」
・美術監督 磯田典宏の「下八軒」全部見せます!
・劇場特報・劇場予告篇・TVスポット
■封入特典
ブックレット
スタンダード・エディション(DVD 1枚組)
¥3,800+税
映像特典
・劇場特報・劇場予告篇・TVスポット
※仕様等は変更になる場合があります。
発売元:フジテレビジョン
販売元:東宝
■スタッフ&キャスト
上白石萌音 長谷川博己 富司純子
田畑智子 草刈民代 渡辺えり 竹中直人/高嶋政宏 濱田岳
中村久美 岩本多代 高橋長英 草村礼子/岸部一徳
小日向文世 妻夫木聡/松井珠理奈(SKE48) 武藤十夢(AKB48) 大原櫻子
徳井優 田口浩正 彦摩呂/津川雅彦
監督・脚本:周防正行
制作:フジテレビジョン 東宝 関西テレビ放送 電通 京都新聞 KBS京都 アルタミラピクチャーズ
企画・製作プロダクション:アルタミラピクチャーズ
公式サイト(http://www.maiko-lady.jp/)
(C)フジテレビジョン 東宝 関西テレビ放送 電通 京都新聞 KBS京都 アルタミラピクチャーズ
●取材/松岡美代子