80年代に大ヒットしたエディ・マーフィ主演の映画「星の王子 ニューヨークへ行く」の続編が誕生! 吹き替えを担当するのはおなじみ山寺宏一。新キャラとなるイジ―将軍(ウェズリー・スナイプス)演じる江原正士と共に、吹き替え声優のレジェンド2人による、夢の対談の後編をお届けします!
◆「星の王子 ニューヨークに行く」はエディ・マーフィの代表作に数えられるコメディ映画ですが、お2人は普段、コメディ映画をご覧になることはありますか?
山寺:コメディ映画、大好きですよ。特に古い作品…例えば「星の王子」の1作目を撮ったジョン・ランディス監督の80年代の映画が好きですね。中でも「サボテン・ブラザーズ」は僕のバイブルのような存在です。あとは、自分で演じている作品を挙げるのもなんですが、「オースティン・パワーズ」(1997年〜)のシリーズが大好きです。ああいうばかばかしい映画をもっとハリウッドに作ってほしいなって思いますね。
江原:僕もよく見ますよ。それこそエディ・マーフィの作品は本当に面白いので大好きです。ただ、僕が一番衝撃を受けたのはジム・キャリーの「エース・ベンチュラ」(1994年)。まさにカルチャーショックでしたね。彼がまだ無名だったこともあって、現場にいたディレクターもびっくりしたみたいです。完全に、普通のコメディ映画の領域を超えていて。その後、あれよあれよと人気スターになっていき、僕も何度か彼の吹き替えを担当させていただきましたが、コメディ映画を見てショックを受けたのは、後にも先にもジム・キャリーだけでした。
◆エディ・マーフィもジム・キャリーの作品も、お2人の吹き替え版を拝見すると多くのアドリブが盛り込まれている印象があります。実際はどのあたりまでがシナリオどおりなのでしょう?
山寺:僕は江原さんと違って、いつも台本どおりですよ!(笑)
江原:ははははは!
山寺:もちろん、せりふが長すぎたりして、若干言い回しや語尾を変えるといったことはたまにあります。けど、基本的には用意していただいた台本どおりに演じるというのが僕の信条ですから。そもそも、我々は完成した作品に声を当てるわけですから、勝手なことってできないんですよ。それに、台本を変えるというのは、“僕が考えるせりふのほうが面白いでしょ?”ってスタッフさんにけんかを売ってるようなものですからね。なので、僕は江原さんのようにアドリブを入れることはあまりないんです。
江原:あのね、むしろ僕が今、山寺さんにけんかを売られてる気分ですよ(笑)。アドリブに関して弁明させていただくと、確かに昔は少し砕けた言い回しにしてみたり、“せりふがちょっと足りないなぁ”という時にひと言、ふた言程度入れてみたりということはありました。もちろん、それが許される作品や監督の場合だけですけどね。それに、昔の深夜に放送していたようなB級、C級映画ってもともとの編集もずさんで、内容がよく分からないことが多くあったんです。そうした時、視聴者に分かりやすいように前半の物語をダイジェストにして入れたりしていて。そこでちょっとアドリブの味を覚えてしまって、いろいろ挑戦していた時期はありました。
◆山寺さんが吹き替えで演じる会話やギャグはどれもすごく自然なので、アドリブがほとんどないということに驚きました。
山寺:意外に思われるかもしれませんが、僕は本当に台本に忠実です。江原さんは構成力に長けていらっしゃるので、自分でせりふを構築できるんですね。しかも、江原さんが作る掛け合いのほうが流れが自然だったりする。僕にはそうした発想力がないので、ちょっとしたアドリブくらいしかできないんです。
江原:いや、山寺さんは優等生で、技術があるからアドリブが必要ないんですよ。僕の場合、“せりふをこのまま言うと尺に合わないな”って思うと、アドリブを入れて安易なほうにいってしまうことがあったんです。それが功を奏して、結果的に面白くなったこともありましたが、一方で監督によってはアドリブを却下されることもありましたね。
◆今はそうではないんですか?
江原:アドリブはほとんどないですね。というのも、最近は権利の問題もあって、あまり勝手に変えられないというのもあるんです。
山寺:そうですね。だから、それだけ最初から台本もしっかりしていますよね。家庭にあるテレビも大きくなり、高画質になってきたので、スタッフさんもものすごく話し合って、語尾の細かいところまで映像に合うように計算した台本を用意してくださいますし。
江原:昔の作品は口の動きと言葉数が合ってなかったりしましたからね(笑)。
山寺:そういえば、これは余談ですが、随分前に江原さんが吹き替えをしたエディ・マーフィの作品を、僕も別のテレビ局の放送に合わせて吹き替えしたことがありまして。エディ・マーフィが1人で何役も演じていたので、“これは収録が大変だそうな”と思って、ものすごく練習して現場に行ったんです。その結果、かなりスムーズに終えることができたんですが、あとで “江原さんは僕の半分くらいの時間で終わった”と風の噂で聞いてがく然としたことがありました。“一体どうやったんだろう?”って、本当に不思議でしたね。
江原:そんなすごいことじゃないですよ。大事なのは時間じゃなく、内容ですし。
山寺:でも正直、ずるしたのかと思いましたもん(笑)。その江原さんの吹き替え版は悔しくて見なかったですけどね。
江原:ははははは! だから、人によってそれぞれやり方があるだけで、早ければいいっていうものでもないから。それに、ディレクターさんによってかける時間も変わってくるし。
山寺:確かにね。けど、僕にとって江原さんは尊敬しかないです。“どうして、どんな役を演じてもこんなにピタッとはまるんだろう?”っていつも思いますし。だって、そもそも吹き替えって、かなり無理なことをしているわけじゃないですか。作品として完成しているものに対して、あたかもそこに登場する俳優さんが日本語でしゃべっているように見せたり、聞かせたりしないといけないわけですから。そうした中で、なんとか視聴者の皆さんに違和感なく楽しんでいただきたいという思いで我々は演じている。これって本当に難しいことですよね。
◆ちなみに、お2人はプライベートで洋画を見る時は吹き替え版をご覧になるんですか?
山寺:自分が出ていない作品に関しては、面白いと悔しいから本当は吹き替えで見たくないんですけど(笑)、“ちょっとチェックしてやろうかな”くらいの気持ちはありますね(笑)。
江原:僕は吹き替え版を見るように努力していた時期がありました。ところが、見ると反省しちゃうんですよ。“自分だったらこうするなぁ”とか余計なことを考えて、全然作品が楽しめない(笑)。純粋に映画を見たいはずなのに、頭の中は違う世界に行ってしまって。なので、結局字幕で見るようになりましたね。本当は、“みんなどうやってるのかなぁ”って勉強したい気持ちも強いんですけどね。
山寺:分かります。どれだけ経験してきても、“まだまだ勉強しないとダメだな”って思いますよね。特にコメディ作品は吹き替えで面白さを伝えるのが難しいなって感じます。
江原:うん。確かにコメディは難しいよね。自分の技量の問題もそうだけど、台本の仕上がりや、共演者との息の合い方によっても面白さの見せ方が変わってくるから。
山寺:だからこそ、いつも“チャレンジしたい!”という思いでいっぱいなんですけどね。それに、「吹き替えのほうが笑えた」なんていう感想を頂けたら、声優冥利に尽きますし。例えばモンティ・パイソンの作品は、字幕だとあの雰囲気がなかなか伝わらないと思うんです。一方、吹き替えはレジェンドの大先輩方が演じていらっしゃって、それが抜群に素晴らしい。“ネイティブの人たちよりも、こっちのほうが面白いんじゃない!?”と思えるぐらいですから。まぁ、比べるものでもないんですけど、僕らも「吹き替え版がすっごく笑えて面白かった!」と思ってもらえる自信を持って演じていますし、いつかコメディ映画の吹き替え版を多くの方に褒めてもらえるようになりたいっていう思いもありますね。
江原:そうだね。それに、かつて自分が新人だったころを思い出すと、現場に行って大先輩と共演させていただくと、“太刀筋”のようなものを感じたんですよ。そうした皆さんが作り出す空気感やテンションに圧倒されつつ、なんとか皆さんの輪の中に入り込んで、どんな太刀筋なのかを探るように勉強させていただいて。そうやって先輩方から学んだものを僕らも多少なりとも受け継いでいると思うので、それをしっかり生かしつつ、自分たちより若い世代の声優たちと共演しながら、吹き替えの世界を盛り上げていきたいですね。…ただ、何度も言いますけど、コメディは本当に難しい! ごまかしが効かないし、シラけた演技だとすぐにバレて、一気に面白くなくなりますから。
山寺:あ、でも、今回の「星の王子 ニューヨークへ行く 2」は大丈夫ですからね(笑)。安心してご覧ください!
江原:ええ。必ずや、全ての方に皆さんに満足していただける作品になっていると思います!
PROFILE
山寺宏一●やまでら・こういち…6月17日生まれ。宮城県出身。A型。
江原正士●えばら・まさし…5月4日生まれ。神奈川県出。O型。
作品紹介
『星の王子ニューヨークへ行く2』
Amazon Prime Videoにて独占配信中
<STAFF&CAST>
監督:クレイグ・ブリュワー
出演:エディ・マーフィ(山寺宏一)、アーセニオ・ホール(高木渉)、ウェズリー・スナイプ須(江原正士)、ジェームズ・アール・ジョーンズ(勝部演之)ほか
<STORY>
アキーム王子がリサを王妃として迎えてから30年の月日が流れたザムンダ王国。アキームが国王に就任しようとした時、アキーム本人も知らない自身の息子がニューヨークにいることが判明する。余命いくばくもないアキームの父ジョフィ・ジャファ国王は彼を皇太子として迎えたいと願い、その思いを尊重したアキームとその側近・セミは彼を迎えに再びニューヨークへ出発する。
©Images courtesy of Amazon Studios
●text/倉田モトキ