◆確かに、この「月光露針路日本」ではそれぞれにしっかりとスポットが当たっていて、それだけにコメディでありながらも重厚さも感じました。そうした中で、幸四郎さんは主人公・大黒屋光太夫を演じられましたが、この人物についてはどのような印象を持たれましたか?
これは実際に大黒屋光太夫記念館に伺った際に館長さんから聞いた話ですが、当時はロシアに漂流する日本人は意外と多く、同時に、見知らぬ地故に、いろんな不安から仲間割れしていくことがほとんどだったそうなんです。でも、光太夫たちのチームは決して仲間割れすることがなかった。かといって、光太夫自身は“俺についてこい!”というタイプでもなく。それでも、いざという時には彼を中心に1つになっていった。そうした不思議な魅力のある人物だったんでしょうね。
◆力づくではなく、意図せずともリーダーシップが取れる人だったからこそ、周りも自然と付いていったのかもしれないですね。
そうだと思います。また、ロシアに漂流した日本人はみな、現地で手厚い保護を受けていたため、日本に帰ってくることがなかったそうなんですが、光太夫たちだけは10年かけてでも必ず戻りたいという思いを強く持っていた。いわば、帰国した唯一の船乗りたちだったわけです。しかも日本に帰ってから、その経験を生かして政治家になったということもなくて。本当に普通の人で、ロシアに漂流して戻ってきたという事実だけで歴史に名を残した希有な人物なんです。そうした素朴さに僕はひかれましたし、役を演じる上でも意識したところですね。