◆いっぽう、ほかの登場人物たちに目を向けると、1人の役者さんが何役も担当したり、場面によっては女形としてロシア人女性を演じたりと、歌舞伎らしい要素が満載でした。
印象的だったのが、お客様の中でロシア人とよくお仕事をされている方がいらっしゃいまして、観劇後に、「三谷さんはものすごくロシアに詳しいんじゃないか?」とおっしゃっていたことでした。特に女性の描き方が見事だったそうです。磯吉(染五郎)が市川高麗蔵さん演じるアグリッピーナという年上のロシア人と恋に落ちる場面があるのですが、その女性というのがさほど美貌ではなく、ロシア人男性にとってはやや年齢を取りすぎているという設定なんですね。そんな彼女が、“それならば…”と日本人の若者を捕まえようとしたり、別れ話をされてブチギレたりというのがリアルだと(笑)。もちろん、ロシアの女性が全員そうだということではないですよ。ただ、日本人とはやはり人間性が少し異なるという意味で、その特徴を見事に表現されていたと感心されていましたね(笑)。
◆あの別れのシーンは、2人の恋を止めようとする光太夫の説得も含めて大笑いしました(笑)。では、それ以外でお薦めのシーンがあれば教えてください。
演出面で言えば、犬ぞりのシーンは必見ですね。三谷さんは最初、馬のそりを想定されていたそうなんですが、10頭も準備するのは無理だということで犬の着ぐるみになりました(笑)。また、誰がどう見ても着ぐるみなのですが、そうやって堂々と“作り物”感を出しながらも、それでもしっかりと本物のように見えてくるのが歌舞伎らしさであると言えます。背景の書割もまさにそうですよね。それとこのシーンでは、せっかくなら犬たちの動きをそろえたほうが面白いのではないかと思い、ロシア公邸内の演技の所作指導に来てくださっていた元宝塚の皆さんに、「簡単でいいので振付をお願いできませんか」と頼みました。その結果、非常に動きのあるシーンになっていますので、ぜひ注目してご覧いただければと思います。