左半身が不自由になった夫と彼を支える妻のすれ違いと夫婦として再生していく過程を描いた映画「アララト」が2021年5月15日(土)より全国順次公開。夫を献身的に介護する女性・サキを演じたことで、主演の行平あい佳さんは「家族になること」について考えるようになったそうです。
◆今作の出演に至った経緯を教えてください。
最初に企画として越川道夫監督と私で映画を撮ることが決まりました。そして越川監督と初めてお会いした時に、どういう脚本にするかというお話をして、その時は、好きな映画や今まで読んできた本のことを私からザックリと話すところから始まりました。
◆行平さんがお話された好きな映画や本の中で、監督と深くお話したのはどんな作品でしたか?
私は14歳から15歳くらいの子が読むヤングアダルト系の小説が好きで、森絵都さんの「つきのふね」という小説を挙げた時に、監督と話が盛り上がったことを覚えています。中学生のころから読んでいて、今でも好きな小説なんです。脚本を書く上では直接関係なかったのかもしれませんが、監督と「つきのふね」の話をしたことを「アララト」の脚本を読んだ時に思い出しました。「つきのふね」は思春期を迎えた女の子が精神的にちょっと弱い青年との出会いを通して恋を知り、人を欲することを知り、という人との関わり合いの物語で。その2人がちょっと依存し合っているような、健康的でない関係性に見えながらも結末はすごく爽やかに終わるんです。お互い強くなって内面を見せ合うような話なので、監督に聞いてはいないのですが、私が好きなものを覚えていてくださったのかしらと思いました。
◆最初にどんな脚本にするか監督とお話をされたということは、当て書きということなるのでしょうか。
最初に当て書きをしてくださると言われて、とてもうれしく思いました。もしかしたら自分とシンクロ率が高い作品になるかもしれないと思って現場に入ったのですが、逆に当て書きということが手かせ足かせとなり、「私ってこんな人間じゃない」というところから役に入りました。ただ理解ができなかったわけではなく、当て書きをして、なぜ夫のことを愛して支えている妻になったのか分からない、みたいな(笑)。
◆「私はこんな人物ではない」ということは、サキと行平さんとは全く違う?
全く違うというより、これほど深い愛情を自分から人に与えたことがないので、それが大きな不安になりました。ただ考えてみるとサキとの共通点はあります。サキの夫であるスギちゃん(荻田忠利)は画家で、小石や草ばかり描いていて、サキはそれがすごくきれいに見えるって言うんです。私もモノを作ったり、絵を描いたり、映画を作っている人を心から尊敬するし、その作品があり続ける限り、私も作った人のことを好きであり続けるんだろうなと思うので、それだけで「スギちゃんを好き」というサキの気持ちが分かる気がしました。こういう瞬間にその人を好きになるよなって。
◆サキという人物には監督の「こんな妻がいたら素晴らしい」という願望が投影されているのかなと思いました。
「アララト」(アララトは現在のトルコ頭部にある火山。『旧約聖書』でノアの方舟が漂着したとされている)というタイトルで救済の物語であることが分かりましたね。自分が演じた役なのにこの言葉は適切ではないと思いますが、救いの手を差し伸べる女神的な存在に一瞬見えたらいいなとちょっと思いました。
◆左半身が動かなくなったスギちゃんのもどかしさや、サキが献身的に介護をすればするほどつらくなる気持ちも分かる気がしました。サキの献身的な態度がスギちゃんにとっては押しつけがましい行為になりかねないなと。
サキの表現はとても難しいと思いました。それこそ一歩間違えたら、サキの行動がおしつけがましくなるなと思ったんです。介護の経験がない私が「介護ってこういうものだよね」という感覚で演じたら、あまりにも上っ面で押しつけがましく、それが美徳であるように見えてしまったら嫌だなと思っていたので、そのさじ加減や介護の現場でどういうことが行われているか、きちんと表現しなければと思いました。
◆介護の表現をする上でどんな準備をされたのですか?
スタッフの中に介護の経験のある女性がいて、逐一教えてもらえる環境だったことがとても助かりました。私がいくら下調べしても、経験がある方のお話には絶対にかなわないので。スギちゃんのように後発的に動けない体になってしまったら、介護される側によりつらく当たってしまうだろうなとも思いました。スギちゃんがサキに甘えて、サキが甘やかしている方向に見せることもできたと思うんです。でもそれは絶対に嫌でした。2人が共依存に見えてしまったら成り立たないお話だと思ったので。
◆自分より体が大きい男性を介護するシーンは物理的にも大変だったのではないですか?
どこに手を入れて、どこを持つかを教えてもらいました。気を使いすぎてしまうと、一緒に連れ添っている感じも全くなくなるので、そこが難しかったですね。最初は痛いかなって考えたりしましたけど、「いくぞ!」と決めて思い切りやらないといけないなと思いました。荻田さんも「グッてやっていいから。もっと普通に持ち上げて大丈夫。痛くないから」と言ってくださったので、恐る恐るやっていたのは最初だけ。現場で教えていただきながらできたので、本当に助かりました。
◆サキが他の男性に救いを求めるところも描かれていました。
私はもともとそんなに明るい性格ではないので、明るくしなきゃいけない場面であっても、私は私“そのまま”を作品の中でも生きてるんだなと思いました。でもサキはどんなことが起きても明るく生きている。多分、大変なことも自分を明るくすることで消化していく…それがサキの強いところで、私は甘えていたんだなと思いました。でも明るく振る舞っていたサキも、どうしようもなくなって心が折れてしまいます。そうしたら救いの手を求めて逃げてしまうだろうなって、サキがユキオさん(春風亭㐂いち)という他の男性に救いを求めてしまう場面もすんなり…というと語弊があるかもしれませんが(笑)、受け止めることができました。サキは他に救いを求めるくらい、日々の生活に圧迫されていたんだと思いましたね。
◆この作品を通して、夫婦像や、誰かと一緒に暮らすことについての考え方に変化はありましたか?
この作品に出演したことによって、“愛した人と暮らす”ということを少し考えるようになりましたし、そう思うようになったことが私の中では大きな一歩という感じで(笑)。スギちゃんとサキを通して、お互い体や心の調子に波があるけれど、同じ空間で暮らすことによってその波をだんだん合わせていくんだなって、クランクインする前には思っていましたね。そんな健気さや愛おしさを感じて、人ってこうやって家族になっていくんだなと思いました。
PROFILE
行平あい佳
●ゆきひら・あいか…1991年8月8日生まれ。東京都出身。主な出演作に連続テレビ小説『スカーレット』、『コールドケース2』、映画「私の奴隷になりなさい 第2章 ご主人様と呼ばせてください」「タイトル、拒絶」などがある。
作品紹介
映画『「アララト」誰でもない恋人たちの風景vol.3』
2021年5月15日(土)よりK’s cinemaにて2週間限定ロードショー、名古屋シネマスコーレ、大阪シアターセブンでも順次公開
(STAFF&CAST)
監督・脚本:越川道夫
出演:行平あい佳、荻田忠利、春風亭㐂いち、後藤ユウミ、鈴木博文、鈴木晋介ほか
(STORY)
サキ(行平)の夫であるスギちゃん(荻田)は画家だったが、数年前に倒れて左半身が動かなくなり、今では絵を描かなくなってしまった。かつて道端の石ころや草花ばかりを描いていたスギちゃんがサキのヌードを描きたいと言ったとき、サキは心から喜んだ。今では深夜のファミレスで働くサキが生活を支え、スギちゃんの介護もしている。2人の生活はやがてすれ違い、決定的な亀裂が生じた日に、サキはファミレスの同僚ユキオ(㐂いち)と結ばれる。
©2021 キングレコード
●photo/関根和弘 text/佐久間裕子
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