『向こうの果て』松本まりかインタビュー「現場ではゼロでいること、無でいることを意識しました」

特集・インタビュー
2021年05月16日

◆役作りをする上で意識したことを教えてください。

律子という人について頑張って考えてみましたが、この人の奥深さは、昭和末期生まれで平成、令和を生きる私には到底分かりえるものではないなと思いました。なので、自分の中の想像よりも自分の外にあるものを信じようと思いました。でも役作りでやったことがあるとすれば、平成、令和を生きてきて、染みついた楽さや生ぬるさを排除することでした。今はエアコンもあるし、寒ければ着るものだってたくさんある。物質的に豊かですよね。律子は昭和30年代に青森の津軽で幼少期を過ごし、その後、必死で生きてきた女性なので、厳しい環境にさらされ、地をはいつくばって生きるような、必死な状態を作ることが重要だなと思いました。私も昭和のパッションを持っていると自分では思うけど、長らく生きてきた平成の生ぬるさみたいなものが身についているから、それが作品の中ににじみ出てしまったら、それだけで興ざめしてしまうし、律子ではなくなる。だからいかにそういう部分を排除するかを重要視して、現場ではゼロでいること、無でいることを意識しました。

◆現場で引き出されるものが多かったということでしょうか。

現場に行けば昭和の時代そのもののセットがあるし、相手役の方がいらっしゃるので、そこからもらうものがたくさんありました。考えた芝居ではなく、本能的に感じた芝居をしたというか…例えば渋川清彦さん演じる山之内一平に「一平ちゃんカッコいい」と言うシーンがあるんですが、渋川さんが本当にカッコよくて。初めましてなのに「キーちゃんカッコいい」って言っちゃったんです。キーちゃん(※渋川さんの愛称)なんて呼んだこともないのに(笑)。それくらいその現場ではカッコよく見えました。そういう衝動的な表現というものを大事にしていたように思います。

◆いつもの役柄や普段の松本さんからは想像できないくらい激昂してDVする場面もあります。そんな女性を演じるのは大変でしたか?

律子を演じるとドッと疲れるんですよね。撮影が終わって、一旦律子から離れた後にアフレコした時も、スタジオには「監督、日本アカデミー賞おめでとうございます!」ってポップな感じで入ったんです。でもいざ律子の映像を見てアフレコするとなるとげっそりしちゃて。本当に疲れました。律子をやっている時は不安定で、心の拠り所がない感じがしました。律子は頼る場所がない。独りなんです。出会った男の人たちはその都度支えてくれたけど、ずっと孤独だった人だから。唯一、松下洸平さん演じる公平だけは特別な存在だったけど、その人とも結ばれない運命で、あげくに殺してしまう。そんな律子役を演じている間は、私もずっと不安定で、今でも若干続いているくらい。拭いて捨てられた雑巾みたいな感じでしたね。DVの撮影はもちろん体も疲れます。でもなぜこんなに公平を殴るのか、私には分かりませんでした。

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