傷つきながらも、子供を愛し、たくましく生きる母の姿を描いた、石井裕也監督の最新作「茜色に焼かれる」。和田庵さんは尾野真千子さん演じる母親を精いっぱい守ろうとする中学生の息子を演じています。「最初は怖い人だと思っていました」という尾野さんとの共演エピソードなどを語ってくれました。
◆純平役はオーディションで決まったのでしょうか?
はい。自己PRの動画を送ってからオーディションに行きました。自己PRの内容は自由で、僕は“この仕事にどう向き合ってきたか” “今後どうしていきたいか”ということを話しました。オーディションでは監督の前でお芝居をして、その動画の話になり絶賛していただきました。それがすごくうれしかった思い出があります。
◆その時、監督とどんなお話をしたか覚えてますか?
仲野太賀さんみたいな演技派の役者さんになりたいという話をしました。太賀さんも石井裕也監督の作品に出演されていたので、僕の発言が印象に残ったのかなと思います。そして最終的には大きな役でもそれほど出演シーンがない役でも、いろいろとやっていきたいという話をしました。
◆本作の脚本を読んだ時、どんなことを感じましたか?
今まで自分が演じた役の中で一番せりふが多いことにまず驚きました。そして尾野真千子さんの息子役なので、プレッシャーもすごくありました。でもやってやろう! って燃えましたね。
◆演じることになる純平についてはどう思いました?
脚本を読んだ時も演じる上でも、純平は僕とかけ離れているなと思いました。家庭環境や生い立ち、経験してきたことが全く違うから。自分が純平のような環境にいたら、どうするんだろうって脚本を読んで考えたりしました。でも演じていくうちに負けず嫌いなところとか自分と似ている部分もあるなと思うようになりました。
◆ということは、和田君も負けず嫌いなんですね。
純平が自転車に乗れるようになろうと陰ながら練習するシーンがありますよね。僕も1年半くらいスケボーをやっていて、もっとうまくなりたくて1人で練習するので、そこも純平と似てるなと思いました。でも僕は周りからは負けず嫌いと思われていないんです。純平も内に秘めた負けず嫌いと言いますか…そこは共通していると思います。
◆役と自分との共通点を探すことは役へのアプローチになりそうですね。
そうですね。それと僕はその役が「誰と似てるか」を考えます。勉強ができて根が真面目という面で、純平はクラスメートに似ていると思いました。だからその子ならどうするだろうって考えたりしました。
◆純平がどんな人物かについて石井監督と話されたりしましたか?
脚本を読んで自分の中にザックリとしたイメージが沸きましたが、分からないこともあったので、監督に「このせりふはどんな感情で言っているんですか?」と聞いたりしました。例えば食卓で尾野さんに「母ちゃん、俺は解せないんだよ」って、純平が一方的に怒って言うせりふがあって、自分で考えた時は、怒りから出た言葉だと思いました。でも監督には怒りや疑問…いろんな感情が入り交じって出てきた言葉だと教えてもらいました。僕はこの作品が決まる前に1年半ほどカナダに留学していて、これが帰国後初めてのお仕事だったので不安もあり、とにかく分からないことはすぐ聞くようにしていました。
◆尾野真千子さんとの共演はいかがでした?
尾野さんの作品を拝見して、勝手に怖い人ってイメージがありました。配信サイトで『フジコ』というドラマを見たせいだと思います(笑)。最初は尾野さんと共演するという緊張もあったので萎縮してしまって。でも現場で石井監督と尾野さんと3人で雑談した時に、すぐに優しくて明るい人だと分かりました。現場の空気が一瞬でパッと明るくなるような方なんだなと思いました。
◆尾野さんによって思いもよらない感情を引き出されたと感じることはありましたか?
ありました。神社で尾野さんが逆上して、それを僕が止めようとするシーンがあって。あのシーンは尾野さんに立ち向かうのがすごく大変でした。尾野さんは役に成り切っていて、「おい!」って相手に声を掛ける第一声で、神社の鳥たちがバサバサッと飛び立ってしまうくらい気迫があったんです。なので僕自身の気持ちもすごく上げていかないと無理だと思いました。そんな尾野さんの姿を見て、僕の感情も高ぶっていきました。あらためて尾野さんはすごいと実感しました。
◆お母さんのために純平が跳び蹴りするシーンがありますよね。あのシーンは唯一胸のすく思いがしました。
ドロップキックする時は、蹴っている時の衝撃が映像の中で伝わるのか不安でした。でも完成した映像を見たら、いい感じで映っていたので良かったです(笑)。今まで僕はアクションシーンをする機会がなかったんですが、今回は自転車で橋の上を全力で走ったり、純平をいじめる同級生グループに傘でやり返したり、初めての経験ができてすごく新鮮でした。傘のシーンは、監督がたたく強さが伝わるほうがいいから、傘は折れたほうがいいとおっしゃったんです。なので傘にちょっとした細工をしたんですが、なかなか折れなくて何度もやり直しを…。良い映像を撮るためには、どのシーン1つとっても深いんだなと思いました。
◆この作品を経験して変化はありましたか?
撮影期間の約2か月、ほとんどの時間を尾野さんや石井監督と過ごして、毎日が濃くてあっという間に過ぎていきました。その間の出来事や経験を今後に生かして、次のお仕事につなげていけたらいいなって思っています。この作品を通して、お仕事への向き合い方、役作りや取り組み方など、自分の中で変化したこともたくさんあるので。
◆自分ではどんなところが変わったと思いますか?
もともと僕は会話する場面の“間”を取るのがすごく苦手で。オーディションでも“間”があるとすごく緊張していたんです。なぜかというと“間”があると相手役の人が困っちゃうんじゃないかなって勝手に思っていたので。でもこの作品では石井監督に“間”を大切にするようにと言われて、今までの作品に比べると“間”を取るようにしていると思います。“間”を取ることを意識しただけで、以前とは全然違う演技になるんだなって思いました。
PROFILE
和田 庵
●わだ・いおり…2005年8月22日生まれ。東京都出身。8歳から芸能活動を始め、映画「ミックス。」で俳優デビュー。ドラマ『隣の家族は青く見える』などに出演。語学力と人間力を高めるため単身でカナダに留学し、2020年夏に帰国。本作が帰国後、初出演作に。
作品紹介
映画「茜色に焼かれる」
2021年5月21日(金)より全国公開
(STAFF&CAST)
監督・脚本・編集:石井裕也
出演:尾野真千子、和田庵、片山友希/オダギリジョー、永瀬正敏
(STORY)
田中良子(尾野)は、7年前に理不尽な交通事故で夫を亡くし、中学生の息子・純平(和田)を1人で育てている。事故の賠償金は受け取らず、義父が入る施設の費用の一部も彼女が負担している。経営していたカフェはコロナ禍で閉店し、生花店と風俗の仕事を掛け持ちしているが家計は苦しい毎日。そのせいで純平はいじめに合っていた。
©2021『茜色に焼かれる』フィルムパートナーズ
●photo/植田あずみ text/佐久間裕子