緒方恵美「多くの人を楽しませたいし、力になりたい。そうした《エールロック》の精神を、いつも、いつでも」

特集・インタビュー
2021年06月03日

『新世紀エヴァンゲリオン』の碇シンジ役のほか、声優デビュー作である『幽☆遊☆白書』の蔵馬役や、『美少女戦士セーラームーン』の天王はるか/セーラーウラヌス役などで知られる緒方恵美さんが、初の自伝エッセー「再生(仮)」を上梓。トライ&エラーを繰り返してきた半生や人気作品の知られざるエピソードを盛り込んだ内容で、多くの反響を集めている。その一部をひもときつつ、執筆に懸けた思いを伺った。

◆本書の前書きにもありますが、これまでにも自伝本のオファーは何度かあったそうですね。

3〜4回ほど頂きました。そのたびに“自分はまだ何もなし得ていないので…”という思いがあって、お断りしていたんです。でも、いつまでもそんなことを言っていられませんし、ちょうど『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズが完結するというタイミングもありましたので、今回書かせていただくことにしました。

◆実際の執筆作業はいかがでしたか?

もはや今時の声優は、芸能界一やらなければいけないことが多い職種なので(笑)、本は初めてでしたが、文章を書くこと自体は経験もあり、思ったよりはスムーズにいきました。それよりも校正の段階で苦労しました。一人称や漢字の統一など、“そんな細かいところまで決まりがあるの?”と。校閲さんや編集者さんのお力を借りての作業でしたけど、本作りって本当に大変な仕事だなと思いました…(笑)。

◆早速拝読しましたが、ご自身の出生から学生時代の話、声優になってからの裏話や現在、そして未来など、緒方さんの半生が細かく綴られていてとても濃い一冊でした。

昔から私の過去の体験談や経験話は、かいつまんで話すだけでも面白がって聞いてくださる方がたくさんいらっしゃったんです。ですので、“きっと濃い内容になるだろうな”というのは想定していました。実際に感想を頂くと、皆さんすごく楽しんでくださっていて。ホッとしました。ありがたいことに “厚い本だけど一気に読めてしまう”という声もたくさん頂いています。

◆「再生(仮)」というタイトルもインパクトがありますね。

これは編集者さんが提案してくれたものでした。意味は2つあり、1つは2010年に「再生-rebuild-」というタイトルの楽曲を発表したこと。この曲は音楽活動を再開するにあたって制作したものであり、これからは皆さんを応援する《エールロック》だけを作り続けていこうと心に決めた、ターニングポイントにもなった曲でもあるんです。また、私はこれまでの人生でずっとトライ&エラーを繰り返してきました。何かに挑戦し、失敗して、壊れてしまったものを違う形でもう一度積み上げて、また失敗して。そうしたリビルド(再生)を何度も重ねてきたわけです。ただ、タイトルで「再生」と言い切ってしまうと、何だか完成した人のようにも感じられてしまう気がして。それで、まだまだ途中であるという意味を込めて“(仮)”を付けました。とは言えこのタイトルにしたおかげで、いろんな方から、「結局、正式タイトルは何なんですか?」と聞かれたり、「注文する時に伝えづらい」と言われたりしてしまい、そこは申し訳なかったなと思っています(笑)。

◆今《エールロック》という言葉が出ましたが、この本も“読むエールロック”という印象を受けました。

ありがとうございます。歌に限らず、自分の全ての仕事に対して《エールロック》の精神を込めていきたいと思っています。誰かの背中を押すといった偉そうなものではないのですが、お客さんを楽しませたいし、力になれるものを作りたい。その思いは常に持ち続けていますね。

◆そうした考えはいつごろからお持ちなのでしょう?

この仕事をするようになって、早いうちからあったような気がします。でも子供のころは当然ながら、自分本位。他人のことなんて全然、でした(笑)。多くの方がそうだと思うのですが、まずは自分が楽しいからとか、モテたいからといったいろんな理由がそれぞれにあって、夢に向かって突き進んでいきますよね。それも自分はやれる!という根拠のない自信を持って。まさに自分はその典型でした(笑)。でも必ずその後これではダメだという洗礼を受け、そこからなぜできないんだろう?と考える長い旅が始まる。やがて人間はもともと1人では生きられないし、いろんな方と手を取り合って助け合って生きていかなきゃいけないということに気づく。自分が生きるために、人のためになれる自分になることが大事だと。それはどの仕事でも同じで…例えば農家の方や、それを運んでくれる方がいるから、私たちは食べ物を手にすることができる。支えてもらう感謝を持ちつつ、自分も誰かのために生きる。私の場合はエンターテイナーですので、“お客様のために”…もちろん、だからといってお客様におもねるのではなく、自分が提供できる中で、お客様の力になれるものを届けたい。それがいつしか、私の中の軸になっていったんです。

◆そうした思いを常にお持ちだからこそ、本書にあるように、壁にぶつかってもいつも手を差し伸べてくれる方が現れたのかもしれません。

はい。でも昔は、誰かに助けてもらえるなんて思ってもみませんでした。後書きにも書きましたが、私にはどこか、他人にできるだけ頼らずやり抜けようとするクセがあり、だからたとえ失敗しても、それは自分の責任だから仕方のないことだと思っていたんです。それなのに、例えば一度音楽で挫折した時も、これ以上バンドメンバーやスタッフにつらい思いをさせ続けるくらいならやめようと思った瞬間に、手を差し伸べてくれる人が周りにいた。…いや、もしかすると、最初から“手を貸すよ”と言ってくれていた人はいたのかもしれません。ただ、それに気づけないほど、昔の自分はバカだったということだと思います(苦笑)。

◆でも、そういった手を差し伸べてもらえる環境を作り出せたのも緒方さんの人間力なのではないかと思います。

どうなんでしょう。でも、ちょっと泥臭い言葉ですけど、何事にも誠実にやっていれば、どこかで見ている人がふっと現れてくれる。それはこの年月の中で学びました。

◆その“誠実に生きる”ということも簡単ではない気がします。

そうですね…。だけど、自分のうそは自分が知っていますからね。自分がうそをついていると、周りも同じなんじゃないかと勘ぐってしまう。そう思い始めると、なかなか人と人がつながっていくのは難しくなるかもしれません。不誠実というのとは少し違いますが、例えば声優の仕事で、その場に居る人が出しているのが60%くらいの力でも成立してしまっている現場があります。主には時間制限や忖度など、さまざまな原因の元にですが。その一方で、常に120%の力を出す思いで挑み続け、そのエネルギーが積み重なると、とんでもない作品が生み出されるということも経験上、知っている。そういうものしか求めない庵野秀明という稀有な監督とか(笑)。庵野さんの現場は、「また録り直し!?」って裏では言いつつ、みんなちょっとうれしがっている謎さがあって…NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』を見ると、現場のクリエイターの皆さんもそうみたいでしたが(笑)。それを積み重ねた結果、唯一無二で誰もまねできない作品が出来上がった。もちろん、これは庵野さんに限ったことではなく、クリエイティブなものを目指す人々は、本来みんな完璧主義。でも理想を目指しながらも、時間やいろんな制約があって、どこかで区切りをつけることが多い。その中で、いつか作りたいものを作りたいようにと願い続け、諦めずに精いっぱい――その誠実さが、その「いつか」を招くことを、身近にたくさん見てきました。だから誠実さと諦めの悪さは必要かなって(笑)。庵野さんはその典型。そうした他にはない環境を自身で構築され、周りもその思いに突き動かされたことで、これまでにないものを生み出せたのだと思います。

◆確かに、今回の自伝にも書かれている、『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』の収録後に慟哭したり、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』でラストシーンを録り終えた後にその場に倒れ込んだというエピソードは、声優や役者の仕事の壮絶さを感じ、衝撃的でもありました。

ありがとうございます。でも、あのシーンの(碇)シンジは全てを使い果たしているから、私も使い果たさないとおかしいですよね(笑)。

◆また、話は変わりますが、緒方さんは若手声優のために無料の私塾「Team BareboAt」を2019年に立ち上げました。本書でもそのことについて書かれていますが、設立から2年たった今、どのような手応えを感じていらっしゃいますか?

私塾はいろんな意味でプラスとマイナスがあります。マイナスは、全部私の持ち出しなので主に金銭的なことなんですけどね(笑)。それに、これからという時にコロナ禍になり、精神的にもかなりつらい面がありました。でも、そういったマイナス面を引き換えにしても、若手に何かを教えること、伝えることはプラスの部分がとても大きいと感じています。誰かにものを教える行為は、指先が自分にも向くので、己自身の学びにもなりますから。また、仲のいい演出家であったり、役者やシンガーの友達であったり、志が同じ人たちと一緒に何かをするという経験ができていることもすごくよかった。何より、塾生たちが、日々少しずつ進化していく様子を感じられることが一番です。

◆そして、緒方さんの活動を語る上で欠かせない要素の1つに音楽もあります。緒方さんにとって音楽での表現の場はどのような存在なのでしょう?

音楽一家に育ちましたので、昔から音楽は私の生活の一部でした。それを仕事にし続けたいと今思っている理由は明白で…役者というものは自分で作・演出をしない限り、依頼がないと職業としてはほぼ何もできないのに対して、歌や音楽活動は自分自身の感情や思いを、もっと直接的に形にして届けることができるから。タイムリーに自分が思っている大切なことを音や言葉にし、伝えていける。アルバムもそのような思いの下で作っていますし、特に先日リリースした「劇薬 -Dramatic Medicine-」はコロナ禍の中で制作した一枚ですので、まさに今の私――「生きよう」「生きて今、ここにいてくれてうれしい」という思いが強く投影されています。

◆6月6日には『緒方恵美Live 2021「Delivery Medicine!」』も開催されます。こちらはどんな内容になりそうですか?

 “いやあ、もう、やるしかないでしょ!”という思いで!(笑) こんな今だからこそエンターテインメントが必要でしょ、という問いかけ的意味も込めて、ファンの方からのリクエストを基に、「緒方流エールロック・ベスト」――緒方ライブ初心者にも出戻り組にも優しい、超元気の出るライブになる予定です(笑)。もともとアルバム「劇薬」のレコ発ライブツアーも検討していたのですが、大阪公演が難しそうだということで、ツアーは延期。東京公演だけ残し、少人数有観客+配信という形にしました。“こんな時期に…”と思われるかもしれませんが、こんな時だからこそ皆さんに笑ってほしいし、元気を出してほしい。それに、昨年から続くコロナ禍によって、多くのミュージシャンや音楽関係のスタッフさんの生活が…それも、開催を決めた大きな理由の1つです。既に今の時点で大赤字になるのが分かっているのですが(苦笑)、それでもいやっぱり今、と、腹をくくりました。瀕死の状況のエンタメ業界、これからどうなるか分からない。でも、やれる限りは、やれることを。お客さんに元気を。そうした思いをたくさんシャウトします!(笑) ぜひご覧いただければと思います。

PROFILE

緒方恵美
●おがた・めぐみ…東京都出身。『幽☆遊☆白書』の蔵馬役、『美少女戦士セーラームーン』シリーズの天王はるか/セーラーウラヌス役、『エヴァンゲリオン』シリーズの碇シンジ役など出演作多数。今夏新アニメ『平穏世代の韋駄天達』(フジテレビほか)にイースリイ役で出演予定。

INFORMATION

発売中!
緒方恵美、初自伝エッセー
「再生(仮)」
著書:緒方恵美
出版社:KADOKAWA
定価:1870円(税込)

緒方恵美Live 2021Delivery Medicine!」
日時:202166日(日)1515開場/1600開演 場所:東京・渋谷quattro

photo/関根和弘 text/倉田モトキ

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