2020年の本屋大賞で第2位にも選ばれた小川糸さん原作の小説『ライオンのおやつ』が6月27日(日)よりNHK・BSプレミアムで放送開始。ある島のホスピスで最期の時間を過ごす主人公・海野雫を演じるのは土村芳さん。死と向き合う難しい役どころに挑戦している今の心境、そして作品に込められたメッセージについてたっぷりとお伺いしました。
◆最初に作品に触れた時の印象をお聞かせください。
原作も読ませていただいたのですが、とっても優しい空気が流れている作品だなと感じました。情緒があり、心地いい温かさで心をまとってくれているような世界観でもあって。そうした中で、余命を宣告された主人公の雫はあらためて自分の生き方を見つめ直したり、島にあるホスピスの「ライオンの家」で同じように余命の少ない方たちの人生に触れることで、ちょっとずつ成長していく。その姿に愛おしさを感じました。
◆“命”をテーマにした作品だけに、役との向き合い方もいつもと違ったのではないかと思います。
フィクションではあるものの、一人の女性の限られた時間を生きる以上、全身全霊で気持ちを彼女に注ぎ込む覚悟で臨まないといけないなと感じています。並大抵の覚悟では作品が持つテーマを届けられませんし、視聴者の皆さんの心にも、何か一つでも残せる作品にしたいなという思いで演じています。
◆実際に撮影してみていかがですか?
まだ撮影中ではありますが、共演者の皆さんにすごく助けられています。というのも、自分では雫という女性としっかり向き合っているつもりでも、やはり一人で台本を読んだだけでは、そこから感じ取れるものには限界があって。でも、鈴木京香さん演じるマドンナさん(「ライオンの家」の管理人)や、人生の最期の時間を過ごす皆さんと直接対面することで、自分でも予測していなかった感情が沸き起こってくるんです。そうしたことが、この現場ではすごく多くて。撮影のたびに驚かされることが多いですし、本当にいい経験をさせてもらっているなと感じています。
◆人と出会い、会話をすることで自分の中に変化が生まれるというのは、この作品のテーマと通ずるところがありますね。
そうですね。雫もきっと、まさかホスピスでこんなに多くの方と心を通わせることになるとは想像していなかったと思います。その意味でも、私が現場で経験すること、感じることとリンクさせながら、精いっぱい雫を演じさせていただけたらなと思っています。
◆また、今作はホスピスを題材にしたドラマであり、死やそこへ向き合う人々を描きつつ、希望や前向きさもある物語だなと感じました。
そこもこの作品の魅力の一つだなと思います。「ライオンの家」の居住者は、明確な日は分からないにしても、死というものを普通の人よりも常に身近に感じている。そうした中で、“いつ人生が終わるか分からない”ということに向き合うのは、とてつもなくエネルギーのいることだと思います。でも、諦めであったり、負の感情ばかりではないんだということも、この作品では繊細に描いているんです。また、居住者たちはそれぞれの事情を抱えて死と向き合っていて、一人ひとりにフォーカスを当てても一本のドラマが作れるほどのストーリーが背景にある。そうした皆さんが醸し出す、人間としての深みや厚み、そして温かい空気も一緒に感じていただけたらうれしいです。
◆現在撮影中とのことですが、これまでで印象的だったシーンはありますか?
序盤で言えば、雫が初めて「ライオンの家」で同じ居住者の死に直面するシーンです。本当につらい描写ではあるのですが、ドラマの中で絶対に描かないといけないエピソードでもあって。雫にとってはそこで、あらためて死というものを突き付けられるわけですが、彼女がそこからどう成長していくのかという意味でも、とても大事なシーンになっています。
◆余命を宣告され、それでも自分を成長させたいと行動を起こせる雫は強い女性だなと感じます。
いざ、自分が同じ立場になったらどう考えるのかと思うと、とても難しいですよね。役を演じるに当たっていろいろと勉強をさせていただいたのですが、余命を告知された方々のその後の行動や感情には段階があるそうなんです。自己否定をしたり、自暴自棄になったり、死に抗おうとしたり。そうやって少しずつ現実を受け入れていくそうですが、でもそれもあくまで統計的なことだけであって、きっといろんな感情が何度も行ったり来たりしながら、一人ひとりがその人にしか見えない答えを見つけて出していくんだと思います。中には答えを見つけられない方もいるかもしれませんが、果たして雫は最後にどんな感情に行き着くのか。その過程も大事にしながら演じていきたいと思っています。
◆宣告を受けた後の行動という意味では、自分の病気を知った雫が、それを家族に伝えるかどうかで悩む姿に共感しました。
私もやっぱり悩むだろうなぁと思います。これは撮影前に医療監修の先生の下で体験したことなのですが、何枚かの紙を渡されて、そこに自分が今大事にしているもの…例えば「家族」や「友達」「家」などを書いていくという作業をしたんですね。そして、書き終わった後、とある患者さんによる自分が亡くなるまでの日記の内容を先生が少しずつ読み上げていき、一つ終わるたびに、私自身が本当に残したいと思っているもの以外を順番に破り捨ていくということをやらせてもらったんです。そうしたら、後半になればなるほど絞れなくなっていって。私としては「友達」が最後の方まで残るかなと思っていたんです。でも、日記に書かれた内容に触れていると、“友達には自分が弱っていく姿を見せられないかもしれない”と思い、中盤の方で破る決意をしました。しかも、その破るというアクション一つとっても、ただの紙なのに躊躇してしまうんです。自分の中の大事なものが一つずつ欠けていくような、大切なものと決別していくような感覚をそこで味わって。そうした体験があったからこそ、雫が家族に病気のことを伝えるかどうかで迷う心境がより理解できましたし、家族に限らず、彼女がさまざまなことを決断していく重さも強く感じました。
◆この作品に携わることで、土村さん自身も“死”との向き合い方に変化はありましたか?
生きるということ、死ぬということをたくさん考えるようになりました。それでもまだ、自分にもいつか死が訪れることに対する実感が沸かないというのが正直なところです。ただ、自分が最期を迎える時、「ライオンの家」のような場所だったり、全てを受け入れてくれるマドンナさんのような人がいてくれたらいいなぁとすごく思いました。そうした考えが新たに私の中に生まれただけでも、この作品に参加できてよかったなと思います。
◆なお、このドラマのタイトルは「ライオンの家」の居住者たちが思い出のおやつをリクエストできる「おやつの時間」からきていますが、土村さんならどのようなお菓子をリクエストしますか?
これはすっごく悩みます(笑)。よく現場で共演者の皆さんともこの話をするんです。でも、なかなか決められなくて。ドラマではリクエストの書かれた紙を箱に入れて、その中から誰の希望なのかが分からないようにランダムで選ばれるので、私はたくさん書いて入れちゃいそうです(笑)。思い出のお菓子と聞いてふと頭をよぎるのは、母が作ってくれた紅茶とりんごのケーキ。それは子供のころ、私が友達に自慢できたものの一つでもあって。母は働きっぱなしで、ずっと家にいるということもなく、そんな中、特別な時に作ってくれていたのが、このケーキでした。なので、それをリクエストしたいなぁと思いつつ…でもやっぱり一つには絞れないです(笑)。
◆そのケーキのレシピは教えてもらったんですか?
当時は私も手伝っていたんですが、言われるがままのことしかしていなかったので、分量とかまでは分からないんです。母も本を見ずにちゃちゃちゃっと調理していたので。そう考えると、まねしようにもまねできない、唯一無二の母の味だったのかもしれません。
◆ドラマでも描かれていますが、それぞれがリクエストするお菓子の一つひとつにもそうしたいろんな思い出が詰まっているのがすてきですよね。
そうなんです。お菓子と一緒に思い出もみんなで頂いているんだなと思います。
◆では最後に、ドラマを楽しみされている皆さんに第1話の見どころを教えてください。
第1話は雫が「ライオンの家」に向かうところからスタートし、彼女がどんな思いを抱えながら、ここに来る選択をしたのかも分かる内容になっています。また、「ライオンの家」で暮らす人々を見て、“なぜ、ここの人たちはこんなに穏やかな表情でいられるんだろう”と戸惑ったり、驚いたりして。そうかと思えば、マドンナさんをはじめとする、ホスピスで働く皆さんとの出会いであったり、島で生活する人々との交流があったりと、本当にいろんなことが第1話には凝縮されています。雫にとって「ライオンの家」は自分の最期の場所であり、言い方を変えると死にに来た場所でもある。でも、そんな覚悟で踏み入れたのに、想像とはまるで違う世界が広がっていて、もう終わるだけだと思っていた自分の人生に、新しい何かが始まっていくような予感すらする。その中で、彼女は残された時間を、人生が終わるまでの時間と考えるか、はたまた最期まで生きていく時間として捉えるのか…。今後展開されていくそんな彼女の心の変化も含め、ぜひラストまでご覧いただければと思います。
PROFILE
土村 芳
●つちむら・かほ…女優。1990年12月11日生まれ。岩手県出身。NHK連続テレビ小説『べっぴんさん』で注目を集めて以降、ドラマ『ゾンビが来たから人生見つめ直した件』『本気のしるし』などに出演。
番組情報
プレミアムドラマ『ライオンのおやつ』
2021年6月27日(日)スタート(全8回)
BSプレミアム/BS4K 毎週(日)後10・00~10・50
出演:土村芳、竜星涼、和田正人、かとうかず子、濱田マリ、西田尚美、石丸幹二、鈴木京香
●photo/中村 功 text/倉田モトキ styling/武久真理江
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2021年7月11日(日)23:59