映像、舞台で活躍中の奈緒さんが初主演を務めた舞台「DOORS」がCS衛星劇場で放送される。作・演出を手掛けたのは人間の機微をユーモラスに描く倉持裕さん。母親との確執と再生、冒険を通じて芽生える友情などいくつもの要素を混ぜ込んだこの舞台の魅力を奈緒さんにたっぷりと語っていただきました。
◆奈緒さんは以前から倉持裕さんの作品のファンだったそうですが、どんなところに魅力を感じていらっしゃいますか?
倉持さんって絶対に優しい方だと思うんです! その優しさが作品にもにじみ出ているように思います。この「DOORS」もそうですが、不器用な人が出てきても、絶対にいじわるな目線で描かれていないんですね。それどころか、見終わるころにはその不器用さに愛おしさを感じていることが多くて。人間には弱い部分や、完璧ではないところがあるのは当然で、でもそれをプラスに思わせてくれるところがすてきだなと感じます。また、物語の展開の仕方もそれに少し似ていて。悲しさであったり、ネガティブな場面が長く続くことがなく、ちょっと気持ちが沈むシーンの後は、すぐ笑顔にしてくれる。作品を通して伝えようとしているメッセージの深さと笑いのバランスがとてもよく、そのため最後まで心地よく楽しめるんです。
◆では、実際に演出を受けてみての印象はいかがでしたか?
作品同様、演出もとても優しかったです。どんな演技に対しても、ひと言めは必ず肯定から入ってくださるんです。また、私が表現方法で迷っていたりすると、「それなら、もう少し“悲しみ”に注目してみましょうか」といった感じで、直接的な答えは出さず、感情の運び方を分かりやすく誘導してくださって。感情の流れが分からない時も、「まず動きを変えてみると、気持ちが自然とついてくることもあるよ」と違うアプローチの仕方で演出してくださったりと、今回の稽古場では本当にいろんなことを学ばせてもらいました。
◆ちなみに、倉持作品に出演される方からはよく、演出席でずっとポーカーフェイスでいる倉持さんに、最初は少し戸惑うという話を聞きますが…。
確かにポーカーフェイスでした(笑)。でも、戸惑うことはなかったです。マスクで細かな表情までは読み取れませんでしたが、それでも優しい雰囲気をまとっていらっしゃったので、緊張を感じることもなくって。あ、ただ福岡公演の最終日に、マスクを外して笑っているお顔を拝見する瞬間があったんです! それがすごくうれしくて。“倉持さんってこんな表情で笑うんだぁ”と、思わず隠し撮りで動画を撮りました(笑)。
◆(笑)。「DOORS」は“そうであったはずの世界”と“こうなってしまった世界”を行き来する、ファンタジー要素の強い物語でした。公演を終えてみて、あらためてどのような作品だったと感じていますか?
この舞台は、主人公の真知が何事にも悲観的な母親に対していら立ちを抱いているところから始まるため、いつもスタートのシーンでは、“私(真知)はいつか母親のことを受け入れられるようになるのだろうか?”という感情を作っていました。ただ、物語の中で、ある日突然、母親の中身が明るい人間に入れ替わってしまうという、とんでもないことが起きるんですね。そのことで真知の中にも普段とは違うギアが入り、同時に、母親に対する愛情や本当の気持ちが心の奥のほうからあふれ出てきて、少しずつ反発も薄れていくんです。そして最後には、ささやかだけど力強い一歩を踏み出し、救われた気持ちにもなる。こうした希望に満ちたラストは、今、世の中はいろんな大変なことがあって、“それでも生きていかないといけない”という思いにもリンクしているように感じました。また、舞台をご覧になった方からも、“少し強くなった最後の真知の姿が印象的だった”という言葉をたくさん頂いて。私が台本を読んだ時から“皆さんに届くといいな”と思っていたことが、しっかりと伝えられたのかなと感じています。
◆また、今作は奈緒さんにとって初主演になりますね。そのことへのプレッシャーなどはありましたか?
稽古に入る前は“舞台での主演ってどうすればいいんだろう?”と、いろいろ考えてしまいました。でも、結局最後まで自分が主演だという感覚はあまりなかったです(苦笑)。それに、私にとってお芝居の師匠のような方が本番を見に来てくれたのですが、感想を聞いたら、「奈緒は主演っぽくないところがいいね」と言われて(笑)。でも、本当にその言葉のとおりだなと思いました。
◆では、あまり主演を意識することもなく?
そうですね。共演者の皆さんが私のことを時々、“主演が、主演が”と呼んでくださるので、その時に“そうだ、私は主演なんだ”とあらためて思い出すくらいでした(笑)。…あ、ただ、1つだけすごく主演らしいことをさせていただきました。
◆それは何でしょう?
現場の雰囲気がよくなりそうなことは積極的に行動に移していこうと思い、おそろいのTシャツを作っていただいたんです。以前から、カンパニーで同じTシャツを着てみたいという夢があって、そうしたわがままを提案できるのは主演の特権かなとも思いまして(笑)。自分で描いた絵や撮った写真を組み合わせてデザインしたのですが、田村たがめさんをはじめ、女性キャストの皆さんからの反響もよく、「毎日着たいから、黒と白の両方の色が欲しい」と言っていただけたのは本当にうれしかったですね。
◆母親役の早霧せいなさんや、同級生・理々子役の伊藤万理華さんとの共演はいかがでしたか?
早霧さんが演じた美津子さんは、母親に成り切れていないという役でした。早霧さんご自身も、母親役を演じるのが初めてだったそうで、稽古前は不安にされていましたが、早霧さんが安心する空気を作ってくださったので、稽古や本番を重ねていく中でどんどん役の関係性に変化が生まれていくことを楽しむことができました。公演中もどんどん親子としての絆が強まっていく感覚がありましたね。万理華ちゃんとの共演も刺激的でした。今回、私は主演を務めさせていただきましたが、物語の中で真知が成長していく隣にはいつも理々子がいてくれたように、私にとっては万理華ちゃんが支えになってくれていたように思います。それに、万理華ちゃんとはほぼ同年代で。お会いする前に彼女の乃木坂46時代の動画を見て、“こんなも魅力的な女性がこの世の中にいたのか!”と感動と嫉妬を覚えたんです(笑)。ただ、その嫉妬の感情というのは私にとってものすごくプラスのもので。そうした、万理華ちゃんと出会えたことや共演できたことへの感謝の思いを公演中に直接伝えられたのもいい思い出ですね。
◆その感謝の思いは、いつか伝えようと決めていたんですか?
移動中の電車の中で、なんとなく会話の流れで話したのですが、心のどこかでは、いつか“ありがとう”という思いと、“万理華ちゃんは本当にすてきな人なんだよ”ということを伝えたいなと思っていました。でも、いざ話したらお互い泣いちゃって。学生時代に、親友同士で“好きだよ”って言いながら、その友情に涙することってあるじゃないですか(笑)。まさにあれです! 大人になってもこんなことがあるんだと思いましたし、万理華ちゃんいる時は、本当に学生のころに戻ったみたいでしたね。
◆すてきな思い出ですね。また、ひと足先に今作の舞台映像を拝見しましたが、奈緒さんの演技にものすごく自然さを感じました。そうした表現を出す上で気をつけていることなどはあるのでしょうか?
私は普段から、うれしい時でも悲しい時でも、すぐ顔に出ちゃうんです。お芝居でもそれは同じで、自然とその時々の感情が動きとして出てしまうので、あえて演じようと考えないほうがいいのかなと思っているんですね。ですから、今回の舞台でも稽古の最初のころは表情を作ることを意識せず、それでも足りない時は倉持さんにアドバイスを頂くということをしていました。
◆自分が感じたことをそのまま素直に出しているんですね。
はい。それに、舞台や映像作品で描かれる物語って思いがけない展開が多いので、意識せずとも感情が出やすいというのもあると思います。お母さんの中身が、ある日突然入れ替わっていることなんて、絶対にありえない状況ですし(笑)。逆に言えば、頭で考えてるだけでは分からないことが多いんですね。そうした時、演技をとおしてそれらを体現してみると、“意外と頭が真っ白になるんだ”とか、 “ここは悲しみよりも、怒りの感情が先に湧いてくるんだな”というのを身をもって感じられるんです。しかも、面白いことに台本を1人で読んでいた時とは全く違う感情が生まれたりもする。それを経験するたびにいつも、お芝居って不思議だなぁ、面白いなぁって思いますね。
PROFILE
奈緒
●なお…1995年2月10日生まれ。福岡県出身。2018年、連続テレビ小説『半分、青い。』で一躍脚光を浴びる。その後もドラマ『あなたの番です』、『姉ちゃんの恋人』など話題作に出演。現在、WOWOWの『演じ屋』に出演中。また、映画『先生、私の隣に座っていただけませんか?』(2021年9月10日(金)公開)、『君は永遠にそいつらより若い』(2021年9月17日(金)公開)、『マイ・ダディ』(2021年9月23日(木・祝)公開)が控えている。
作品紹介
M&Oplaysプロデュース「DOORS」
CS衛星劇場 2021年8月8日(日)後 4・15~6・30 テレビ初放送!
(STAFF&CAST)
作・演出:倉持裕
出演:奈緒、伊藤万理華、菅原永二、野浩喜、田村たがめ、早霧せいな
(STORY)
元女優の母・美津子と二人暮らしをする高校生の真知は、いつもネガティブで近隣の住民とのトラブルも絶えない母を疎ましく思っていた。また、真知自身も学校では孤立し、クラスメイトの理々子に絡まられる日々を送っていた。しかし、ある夜を境に状況が一変する。母が別人のように明るく社交的な人間になっていたのだ。やがて、その原因が一枚の「ドア」にあると知った真知は、理々子と共に「ドア」をくぐり、 “そうであったはずの世界”と“こうなってしまった世界”を巡る旅に出る。
●photo/宮田浩史 text/倉田モトキ hair&make/竹下あゆみ styling/岡本純子(アフェリア)衣装協力/ハウス オブ ロータス