聴覚障がいのある女子大生・雪と大学の先輩・逸臣との恋模様を描いた人気コミック『ゆびさきと恋々』が待望のミュージカル化。主人公の一人である逸臣を演じたのは『刀剣乱舞』をはじめとする2.5次元の舞台や帝国劇場での大作ミュージカルなど、舞台を中心に幅広く活躍する前山剛久。10月に衛星劇場で初放送されるオンエアを前に、稽古中の思い出や作品への思いをたっぷりと語っていただきました。
◆『ゆびさきと恋々』は手話も交えたミュージカルでした。公演を終えた今のお気持ちを教えてください。
難しい作品だったなと思います。ヒロインの雪が言葉を話さない分、2人のシーンでは僕が一方的に語りかけるだけの時もあり、いつもとお芝居の作り方やテンポ感がまるで違ったんです。でも、そこが新たな挑戦で、楽しい部分でもありました。それに僕が演じた逸臣も、きっと雪と出会ったばかりのころは、いろんな戸惑いがあったと思うんです。そうした感情をリアル体験しているようで、役作りにも生かすことができた気がします。
◆難しさが面白さや楽しさに変わっていったのは、稽古のどのタイミングだったのでしょう?
終盤くらいでようやくといった感じでした(苦笑)。稽古の中盤あたりまでは本当に試行錯誤の連続でしたから。先ほどもお話ししたように、いつもの舞台のテンポ感で考えたらありえないような間(ま)が生まれることもあり、それをいかにスピーディーに見せていくかをみんなで検討し合ったりしていました。
◆自分たちの中で、どうリズムを作っていくかに苦労されたんですね。
はい。それに、僕がいつも舞台でお芝居をする際に心がけているのが、ステージ上では普段の1.25倍くらいの速さで動くということなんです。そうすることによって、お客さんの思考や想像よりも少しだけ先回りできるんじゃないかと思っていて。でも、今回は手話を取り入れた演技もありましたので、丁寧に見せようと思って普段より0.75倍くらいの動きになっていたんですね。その結果、自分の中でリズム感がおかしくなっていたところもあります。ただ、稽古を重ねていくうちに、どんどんとみんなのテンポもよくなっていって、ようやくしっくりとくるようになったのが稽古の終盤あたりだったんです。
◆また、今作は人気コミックが原作で、前山さんが演じた逸臣は王子様キャラでした。コミックのキャラクターを体現する上で、気をつけたことはありますか?
意識したのは相手役に対する行動です。コミックより少しアグレッシブな人物像を目指しました。というのも、これがもし映像なら、原作に忠実にしたほうが役は作りやすいと思うんです。特に逸臣はクールな印象もある男性ですから。でも、舞台でリアルさを出すのであれば、動きを大きくしたり、感情もやや過剰なほうが伝わりやすいのかなと思ったんです。とはいえ、王子様的なお芝居といいますか、女性がキュンとする動きなどは、演出の田中麻衣子さんに全面的にお任せしました。例えば、歌っている雪を逸臣が引き寄せるシーンがあるのですが、田中さんに「もっとグッとしたほうがいいね」とか、「雪が振り向くタイミングで引き寄せてほしい」と言われ、何度も稽古を重ねて(笑)。ただ、“そうか、急な感じで引き寄せたほうがいいんだ…”という動き自体は理解できたのですが、きちんと胸キュンしていただけたかどうかは最後まで不安でした(笑)。
◆(笑)。逸臣は意外と積極的な性格でしたよね。
そうなんです。そうした少し大胆な行動に出られるのは、逸臣が海外育ちだからなのかなと感じました。ハグが日常にある世界で生きてきたから、スマートに女性とスキンシップを取れるのかなって。また、彼は知的好奇心が強く、そこに純粋さがあるんです。特に言語に対してはすごく前のめりで、彼自身、英語やドイツ語をはじめ、いろんな国の言葉を話すことができる。そんな彼にとっては“手話も言語の1つだ”という感覚なんだと思います。だからこそ、雪に対しても、手話のことをもっと知りたいという思いが強く、結果、無意識のうちに行動も積極的になっていったような気がします。
◆前山さんが逸臣以外で気になった役はいますか?
雪と幼なじみの桜志はちょっとかわいそうな役だなと思いました。昔からずっと雪を見守ってきて、誰が見ても “雪のことが大好きなんだろうな”って伝わってくるのに、雪からはまるで相手にされてなくて(苦笑)。もしこれが現実世界のお話なら、桜志に感情移入する人が多いのではないかと思います。
◆では、演出面で印象的だったことはありますか?
興味深かったのが、今作は演出の田中さんだけでなく、脚本家の飯島早苗さん、音楽を担当してくださった荻野清子さん、それに振付の前田清実さんと、女性のクリエイターが多い現場だったんです。だからこそ、少女コミックの世界観を崩すことなく、見事にミュージカルとして成立させられたのかもしれません。皆さん、この作品に対してものすごく深い愛情をお持ちでしたし、繊細にシーンの1つひとつを作られていて。僕がこれまで多く経験してきた2.5次元の舞台は“考える前に動け”という根性論みたいなところがあったりしたので(笑)、すごく新鮮でした。もちろん、根性論も大好きなんですけどね。
◆オープニングでいきなり展開されるコンテンポラリーダンスも魅力的でした。
今回はいくつかダンスシーンがあるのですが、アグレッシブな動きのものが多くて楽しかったです。音楽自体はおとなしめだったり、かわいい曲調のものが多くて、原作の世界観ともすごくマッチしているのですが、前田さんの振付はそれをいい意味で超えてくる(笑)。また、ダンスの動きがきっかけで、次のシーンのお芝居の演出が決まっていくこともあり、芝居とダンスの両方の視点から総合的にステージ全体を作っている感覚がありました。僕たち役者もみんなでアイデアを出し合って振付を考えて、それを前田さんに見ていただくこともありましたし、すごくクリエイティブな稽古場でしたね。
◆また、前山さんはミュージカル作品で舞台デビューを果たしたのち、その後も舞台『刀剣乱舞』や『ヒプノシスマイク-Division Rap Battle-』Rule the Stageなどの話題作にも数多く出演し、現在はミュージカル『王家の紋章』『マイ・フェア・レディ』と2作連続で帝国劇場のステージに立っています。前山さんにとって舞台はどんな存在になっていますか?
もはや、僕にとっては欠かせない場所ですね。作品ごとに求められるものが大きく異なるので、そこにもすごく楽しさを感じています。例えば、ひと言でミュージカル作品と言っても、この『ゆびさきと恋々』はキャパが400人に満たない本多劇場で、その次の舞台が今おっしゃっていただいた帝国劇場の『王家の紋章』でした。劇場の大きさが違えば歌い方や表現の仕方も大きく変えなければいけない。そうしたところにも面白さを感じます。
◆具体的にはどのような違いがあるのでしょう?
少し専門的な話になりますが、本多劇場では声を張る必要がないんです。対して、帝国劇場では太く鳴らすと言いますか、芯のある歌い方が必要になってくる。もっと言えば、本多劇場だとウィスパー気味の歌い方でもシーンが成り立つ場合もあって。自分の中では、同じミュージカルとはいえ、まるで違うジャンルに挑んでいる感覚があります。とはいえ、お芝居で歌うということに関してはどちらも変わりはなく、難しい部分です。
◆技術的な部分での違いなんですね。
はい。また、最近はちょっとずつその技術的な部分と表現方法の仕方についても、自分の中で考えが変わってきました。歌もお芝居の一環なんだから、どれだけ歌の中に感情を込められるかを大事にするようになってきたんです。これまでも大切にしてきたことではあるのですが、より役の気持ちが伝わるミュージカル俳優になりたいと思うようになってきた。それが今の大きな目標にもなっていますね。もちろん、ミュージカルに限らず、これからも2.5次元の舞台をやっていきたいですし、最近はラップにも挑戦していますので、ジャンルにこだわらず、いろんなことにチャレンジしていきたいと思っています。
◆最後に、放送に向けて今作を楽しみにされている方に見どころをお願いします。
僕は最初に台本を読んだ時、“この作品は映像向きなのでは?”と感じました。セリフでの会話が少ない分、雪や、そのまわりにいる人たちの表情のアップで、それぞれが抱く気持ちを届けたほうが伝わりやすいと思ったからです。ただ、そんな心配は、“感情を歌で届ける”というミュージカルの利点を生かしたことでクリアされ、素晴らしい舞台になりました。そして今回、この作品が放送されることで、僕が思っていた顔の表情をじっくりとご覧いただくことができます。まさしく、物語、ミュージカル、映像の全ての良さが詰まった内容になっていますので、ぜひそれぞれの魅力を楽しんでいただければと思います。
PROFILE
前山剛久
●まえやま・たかひさ…2月7日生まれ。大阪府出身。2011年、『ミュージカル 忍たま乱太郎』で俳優デビュー。主な出演作に、ドラマ『仮面ライダーウィザード』、舞台『刀剣乱舞』シリーズ、『ヒプノシスマイク-Division Rap Battle-』Rule the Stageシリーズ、ミュージカル『王家の紋章』など。2021年11月よりミュージカル『マイ・フェア・レディ』が東京・帝国劇場ほか全国で巡演。
作品紹介
A New Musical「ゆびさきと恋々」
CS衛星劇場 2021年10月10日(日)後 6・30よりテレビ初放送!
(STAFF&CAST)
原作:森下suu「ゆびさきと恋々」(講談社「デザート」連載)
脚本:飯島早苗
音楽:荻野清子
脚本・演出:田中麻衣子
振付:前田清実
出演:豊原江理佳、前山剛久、林愛夏、青野紗穂、池岡亮介、中山義紘、上山竜治
(STORY)
生まれつき聴覚しょう害のある雪(豊原)は、ある日電車の中で外国人に道を聞かれて困っていたところを、同じ大学に通う逸臣(前山)に助けてもらう。雪は同じサークルの親友・りん(林)から逸臣のことについて詳しく聞き、彼がアルバイトするカフェで思い切って連絡先を交換。やがて、自分のことを特別扱いせずに接してくれる逸臣に心を奪われていくのだが、一方で逸臣を思うエマ(青野)や雪のことをずっと見守ってきていた幼なじみの桜志(池岡)が現れ、彼女たちの関係を複雑にしていく…。
●photo/宮田浩史(前山)、遠山高広(舞台「ゆびさきと恋々」) text/倉田モトキ hair&make/小林純子