次々とヒット作を送り出している今泉力哉監督が、現代の「父と娘」、そして「家族」を描いた映画「かそけきサンカヨウ」が全国公開中。井浦新さんは、新しい母と妹との生活に揺れる娘をやさしく見守る父を演じています。娘役の志田彩良さんとの自然な親子関係はどうやって生まれたのか、その裏側を教えてくれました。
◆井浦さんが演じた国木田直という人物は、穏やかで娘ともいい関係を築いている、今の時代らしい父親だと思いました。井浦さんご自身は国木田直をどんな人物だと捉えていらっしゃったのでしょうか。
直には離婚歴があり、石田ひかりさん演じる元妻とは、夫婦として共に同じ道を歩むというよりも、それぞれの道を歩む人だったから、一緒にはいられなかったんだと思います。何が父親らしいと感じるかは人それぞれですが、自分の道を進まざるを得ない生き方しかできない男なので、陽をどんどん自立していく方向に追い込んでいってしまう。直には、思春期の娘である陽を育てるには足りていないところがたくさんあると思います。それでも演じる時に大事にしたいなと思ったのは、自分の未熟さや、できない分からないをきちんと踏まえた上で、直なりにいつでも陽に寄り添っていたい、見つめていたいと思う父親でありたい、という部分でした。
◆主演であり、直の娘役を演じた志田彩良さんの印象を教えてください。
完成した作品を観て感じたのは、みずみずしさや透明感のある青々とした気持ちに染まっていく感じでした。それはもちろん、出演している若い俳優の皆さんの力によるもので、それぞれが自分の色を持って「かそけきサンカヨウ」の世界の中に生きていたからだと思います。その中でも主演である志田さんは、まさにそんな感じで。それは彼女がちゃんと心を使ってこの物語の中に存在することができていたからで、そこが素晴らしいなと思いました。
◆親子役の関係性を作るために、現場ではどんなやりとりをされましたか?
親子の関係性はもちろんですが、監督がどういう映画を作りたいかを大事にしたいと思いました。僕は今泉力哉監督の作品に参加するのは初めてだったので、大前提として、監督がどういった映画作りをされているのかをちゃんとキャッチしたいというのがあって。ほかの作品を見ても、今泉監督は俳優に芝居を求めるのではなく、作られた虚構の中で俳優たちがいかに本当のことを表していくのかを求めていて、それを撮りたいと思っている方なんだと感じていて。そして今作でも、熟練の芝居や技みたいなものを求めるのではなくて、極端なことを言えば、せりふだけを覚えたら、本番ではそのせりふさえも一度忘れてしまうくらいの危うさがあってもいい。そんな手探りの状態でどうするのかというと、その瞬間瞬間に共演者と向き合って感じたものを表現して、そのあとで覚えてきたセリフが浮かんできたら口に出していく。だから志田さんとも、心で何を感じるかを大切に演じていきました。そういうことを大事にしながらお互いの感じたものを反射していけば、今泉監督が目指しているものに少しでも近づくんじゃないかなと。
◆お2人が陽の実の母である左千代のことを話すシーンがとても印象的でしたが、まさにそうやって生まれたのかなと思いました。
このシーンこそ「反射」の真骨頂みたいなものでした。台本を見ても、気が滅入るくらいのページ数がありました(笑)。今泉監督と会話をしていなくても、物語の中のなんらかの分岐点であり、陽にとって何かのきっかけになる大事なシーンだったので、丁寧にやりたいと。今泉監督は、どう撮影していくかものすごく考え込む方で、撮影前には次に撮るシーンのために台本と向き合って、頭の中にものすごくいろんなものを張り巡らしているのが分かるんです。そして僕は、台本でこのシーンを読み込んでいけばいくほど、直の気持ちの奥底にだんだん手が届き始めて、「この言葉はもっと広げて伝えたい」「こっちはもっと削いでこの言葉を付け足したい」と、自分の中で広げたり削ったりの作業ができるようになり、テストの時に監督と志田さんと一緒にいろいろ試しました。
◆いろいろ試した上で、あの長い長回しのシーンを撮っていったんですか?
台本の中では3ブロック、4ブロックに分かれていたとても長いシーンで、1回ずつカメラを止めて、シーンごとに撮っていくのも一つの手ではあったと思います。でも、とても静かなシーンなんだけど、陽と直、2人の心はとても激しく動き続けているシーンなんです。だから台本を読んで、僕は1シーン1シーンカメラを止めて撮っていくのは無理だろうなと思っていました。それでテストの時に、とりあえずそのシーンを一連で監督に見てもらったんです。そしたら監督がボソッと「このシーン切れないな」とおっしゃって。テストの時の2人の芝居を見て、監督が長回しでいこう決めたんです。面白かったのは、監督と3人でその場で生まれる心の動きを大切に撮影していたら、直の言葉の途中で、志田さんが陽のセリフをポンッと吐いたんです。直の言葉は台本にもある言葉なんですが、それを聞かずとも、陽には直が伝えたい言葉がちゃんと伝わっていたんです。とても素直に陽の言葉が出てきたので、監督とも「直のこの言葉はいらないですね」ということになりました。そんなふうに1回のテストでいろんな実験をしながら整理して、本番は一発で撮りました。だから現場の緊張感はすごかったですし、監督のOKが聞こえたあとに現場の士気が上がったことを感じた、面白いシーンでしたね。
◆陽は同じ美術部で幼なじみの陸に淡い恋心を抱いていますが、2人のみずみずしくももどかしい関係性から、大人の井浦さんはどんなことを感じましたか?
自分はずっと大人になりたくないと思いながら育って…と言いながらも大人の世界、大人同士のやりとりの中で揉まれていますが(笑)、今でも気持ちのどこかでは、自分にとっては陽と陸のような「あのころ」とあまり変わっていない部分がすごくあるなって感じています。それでも変わった部分はあって、それを成長だとするなら、いろんな経験を積み重ねてできるようになったこともあるし、新しい考え方ができるようにもなった。だから2人をうらやむ気持ちはありながら、“この感覚は大人になってもずっと持っていないといけないよな” “持っていられたらどんなにすてきだろう”と思いながら、2人を見ていました。
◆作中に「一番古い記憶」という言葉が出てきますが、井浦さんの俳優になってからの一番古い思い出はなんですか?
デビュー作の映画「ワンダフルライフ」のオーディションです。是枝裕和監督ほか10人くらいが座っていて、どの方が是枝監督かも分かりませんでした。僕は俳優志望だったわけでもないのに、是枝監督が会いたいと言っているから会おうと言われて、何の気なしに行ってみたらオーディションで。僕に質問した方は皆さん助監督で、是枝監督は何も言わず、会話している僕をずっと見ていたらしいんです。あとから「ああ、一番端っこで静かにしていた人、いた!」って思って(笑)。それが僕の始まりの場でした。それこそ「ワンダフルライフ」の中には、僕が自分の一番古い記憶を語るシーンもあるので、そこはこの作品と重なって面白いなと思いましたね。
PROFILE
井浦新
●いうら・あらた…1974年9月15日生まれ、東京都出身。99年、是枝裕和監督の「ワンダフルライフ」で俳優デビュー、初主演も果たす。主な出演映画は「11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち」、「朝が来る」など。今年は出演したドラマ『あのときキスしておけば』が話題に。
作品情報
「かそけきサンカヨウ」
全国公開中
(STAFF&CAST)
原作:窪美澄『水やりはいつも深夜だけど』(角川文庫刊)所収「かそけきサンカヨウ」
監督:今泉力哉
出演:志田彩良/井浦新 鈴鹿央士、中井友望、鎌田らい樹、遠藤雄斗、石川恋、鈴木咲、古屋隆太、芹澤興人、海沼未羽、鷺坂陽菜、和宥、辻凪子、佐藤凛月、菊池亜希子/梅沢昌代、西田尚美/石田ひかり ほか
主題歌:崎山蒼志「幽けき」(Sony Music Labels)
脚本:澤井香織、今泉力哉
音楽:ゲイリー芦屋
配給:イオンエンターテイメント
(STORY)
幼いころに母・左千代(石田ひかり)が家を出て以来、父と2人で暮らしてきた高校生の陽(志田彩良)。ある日、父・直(井浦新)から結婚したい女性がいることを告げられる。ほどなくして再婚相手の美子(菊池亜希子)と、その娘で4歳のひなたと4人家族の新しい暮らしが始まる。その暮らしに戸惑いを感じる陽は、その、気持ちを幼なじみの陸(鈴鹿央士)に打ち明ける。陽は実の母への想いを募らせ、ある日、陸と一緒に画家である佐千代の個展に行くことにするが…。
公式サイト:https://kasokeki-movie.com
公式Twitter:@kasokeki_movie
©2020 映画「かそけきサンカヨウ」製作委員会
photo/映美 text/佐久間裕子