デビュー25周年を迎えた声優・櫻井孝宏さん。SNSを一切やらない彼が、声優になったきっかけや敬愛する同業者たち、さらには“沼にはまった”という趣味の話など、プライベートな一面を全てさらけ出したエッセイ集「47歳、まだまだボウヤ」を10月28日(木)に発売。そこで発売を間近に控えた今、地元・岡崎市で自身のルーツをたどった書き下ろしエッセイの話を中心に、執筆の苦労や文章を書くことで感じた心境の変化などを伺いました。
◆まもなくご自身のエッセイが一冊の本として発売されますが、今のお気持ちは?
正直、まだピンときてないんですよね…(笑)。編集さんの手とお力を借りながら初めて本を作る過程を経験し、それはそれですごく大変で楽しかったりもしたのですが、まだ完成したものを見ていないからか、実感がなくて。なので、今言えることといえば…ちょっと恥ずかしさがあります(笑)。
◆それはエッセイで自分をさらけ出したことへの恥ずかしさですか?
そうですね。書かなくてもいいことまで書いちゃってますから(笑)。もちろん、自分のことをエッセイという形で文字にして、それが書籍になるというのは、自分の人生においてかなり大きな出来事なので、喜びはあるのですが…それでもやっぱり、照れと気恥ずかしさがある。きっと、しばらくは書店に行けないかもって思ってます(笑)。
◆雑誌連載時から拝読していましたが、毎回4000〜5000字というボリュームで書かれていたことにいつも驚いていました。
それ、実は大失敗だったんですよ(苦笑)。と言うのも、当初の予定ではそんなにいらなかったらしく、1500〜2000字くらいあれば御の字だと、編集さんは思っていたそうなんですね。でも、その説明を私はうっかり読み飛ばしていまして。何となく1回目の原稿を書いて送ったら、編集さんが「おいおい、どえらい量の文字数で送られてきたな」と驚いたみたいで(笑)。結果的に、それがフォーマットになってしまったんです。
◆まさかの誤算ですね。
勘違いから始まったことなので、「想定していた文字数に戻しましょうか?」と提案したんですが、「1回これでやっちゃったら、もうダメです」と返されちゃって(笑)。それでも、最初の数回はまだ良かったんです。こちらもアドレナリンが出ていますし、約4000字という文字数が多いのか少ないのかさえ分かっていなかったので。でも5回目くらいからですね、“こりゃ、厳しいぞ”ってどんどん壁に直面していきました。
◆とはいえ、どれもリズムやテンポ感が心地良くて、読みやすさを感じました。
本当ですか!? ありがとうございます! すごくうれしいです。私は書き手のプロではなく上手い文章を書けるわけではないので、せめて読みやすさやテンポ感を出せたらというこだわりがありました。例えば、“この文章はもう少し短い言葉で置き換えたほうが一気に読めるな”とか。それに、いつも書き進めるうちに《〜が、〜でした。》という同じような文体ばかりになってしまっていたんです。ですから、まずは一度書き上げて、そこから表現を変えていくというやり方をして、全体にリズムが生まれるように意識しましたね。
◆エッセイを書く楽しさについて、《これまで考えていたことや言いたかったことを文字にしてみたら、知らなかった自分に出会えた》とあったのが、とても印象的でした。
私はずっとラジオ番組をやらせていただいているので、喋りで何かを表現することには、それなりの経験値や自分の方法論があるんです。でも、あまり本に触れてこない人生でしたし、ましてやこんな本格的なエッセイ連載を持つなんて考えたこともなかったので、最初は何をどう書けばいいのか分からなくて。それでも、エッセイを書くにあたって自分を掘り起こす作業をし、これまで何となくうやむやにしていた考えや後回しにしていた答えなどに向き合っていくうちに、楽しさを感じるようになっていったんです。「あ、自分はこう思っていたのか」とか、「意外とまじめにいろんなことを考えていたんだな」って(笑)。そうやって楽しみながら連載を続けていくうちに、少しずつラジオとはまた違うアウトプットの仕方を覚えていったような気がしますね。
◆普段、執筆する時のスタイルは?
パソコンの前に座ってゼロから集中して書く、という感じではないです。というか、それが全くできない(笑)。毎回お題が決まってからは、ずっと頭の片隅でどんな内容にするかを考えていて、いい言葉やネタが浮かんだらスマホのメモ機能に残し、あとでそれをパソコン上に広げてまとめていく。家で書いている時も、たまにてっぺん(深夜0時)を超えるとガソリンが切れるので、お酒を飲んだりして(笑)。でも、酔って書いたものは翌日にだいたい消します。使えないものが多いので(笑)。ただ、一度だけお酒の力を借りて、すごく面白いものが書けたことがありまして。その成功体験が私を誤ったほうへと導いてしまったんでしょうね…(苦笑)。最近はもう、ちゃんと書けないことが分かっているので我慢してますけど。
◆特に書きやすかったテーマ、逆に難航したテーマはありましたか?
書きやすかったのは…あったかなぁ?(笑) あ、昔の知人に会ったような気がしたことを綴った話(第十二回 『あなたの名前は』)は比較的早かったですね。大変だったのは書き下ろし(『おじさん道中 故郷・岡崎編』)。私が生まれ育った岡崎に行って、そのことを書くことが決まっていたので、小学校などを訪れて懐かしくエモい旅になるだろうなと思っていたんです。そうしたら、当時のことを全然覚えてなくて(笑)。“これ、何を書こう?” “困ったぞ”という状況に陥ったんです(笑)。それでも最初は、自分の心象風景をそれになりに美しく、靄のようにまぶしながら書いていたんですが、次第に立ち行かなくなりまして(笑)。最終的に何とか形になったのですが、基本的に書いていることは“あんまり覚えてなかったです”というだけの話なので、“大丈夫なのか、これは?”とちょっと不安ではあります(笑)。
◆そもそも、書き下ろしのために地元に行く案が出た時はどう思われましたか?
“え〜〜…”って感じでした(笑)。“きっと、行っても何もないよ?”って。もちろん、これまでの連載でずっと自分のルーツを書いてきたので、編集さんからの「取材を兼ねて地元を巡りましょう」という提案には説得力があり、納得もしました。でもグズりましたね(笑)。やはり、自分の過去を晒してきたとはいえ、今までは文字だけで留めていたものなので、それを写真も込みでリアルに晒してしまうことにちょっとだけ抵抗があったんです。両親が登場するというのも、なかなか抵抗感がありましたし。まぁ、両親は意外とこういうことに慣れてるからいいんですけど(笑)。それより、一番のゴネた理由は、果たしてイメージどおりのエモい旅になるのだろうかという不安があったからなんです。結局、懸念したとおりの結果になってしまったわけですが(苦笑)、それでも今となってはすごく楽しい旅だったなと思います。
◆この書き下ろしでは登場する人物の名前が全てカタカナ表記になっていますが、これはどういった理由なんでしょう?
残念ながら、そんなに深い意味はないです(笑)。連載のタイトルが『ロール・プレイング眼鏡』なので、ロール・プレイング・ゲームのキャラクターに自分で名前をつける時のようにカタカナにしてみました。それと、少し第三者の目線っぽく俯瞰的に書いてみようという思いもありましたね。またこの書き下ろしでは、私の個人的な部分にかなり踏み込んでいますので、漢字のままで登場人物に立体感が出てしまうよりはカタカナで記号っぽくし、少し薄めた印象を持たせたいなと思ったんです。ゲームで言うところの、3人のパーティーのようなちょっとした遊び心ですね。…と、ダラダラと説明してますが、つまりは上手く書けなかった時の保険みたいなものです(笑)。
◆書き下ろしエッセイは、《振り返りの旅は、振り返ってこなかったことを確認する旅になった》と締めくくっています。
本当にそのとおりでした。自分って、何かを懐かしむような生き方や付き合い方をしてこなかったなぁって。普段でも、実家に帰ったところで地元の友達に会うことが一切なく、ずっと家にいるんです。それに対して寂しいとかひねた感情もなく、それが自分の中では当たり前なんですね。でも、こういうことを書くと、私のことを“寂しい人間”と思う人がいるかもしれない、という懸念はありました。全然そんなことはないんですが。
◆生き方や価値観の違いですよね。
まさに。人によっては、“友達は多いほうがいい”とか、“休日はみんなと遊びに行くのが楽しい”という考えの方っていますよね。それは否定しません。でも、休日に1人でゲームをするのが楽しみで、それを目的に毎日を頑張ってる人もいるんだよ、ということをこの本では書いていて。書き下ろしに関しては、それをあらためて強く実感する旅になりましたね。
◆今回の書籍には10年以上前に連載していたエッセイも掲載されています。久々に読み直してみていかがでしたか?
確か、28歳から35歳くらいまで書いていたもので、そんなに長期で連載していたのかと、自分でも驚きました。私はほとんどこの存在を忘れていたので、編集さんがどこからか見つけてきた時は、“何てことをしてくれたんだ”と思いましたけど(笑)。と言うのも、エッセイと呼べるほどのものではなく、いろんな声優さんが自由に好きなことを書いていたミニコラムの中の1つだったんです。なので、「あ〜、この時はネタがなかったんだろうな」っていうのが、自分でもありありと分かって(笑)。ただ、まるっきり記憶にないコラムもあったので逆にそれが新鮮だったりと、いろんな楽しみ方ができましたね。
◆当時のエッセイを読んで、自分の考えなどに変化を感じることはありましたか?
感性や感覚的な部分で年齢の経過は感じましたけど、根っこは変わっていないんだなと思いました。それに、自分の書き方のクセもこのころから変わっていなかったです。私の文章って主語がなかったり、説明不足なことが多いんです。今回の連載で初めて、編集者さんから文章の1つひとつをチェックされ、指摘を受けながら書くという経験をしたのですが、どうしても“ここまで説明しなくても大丈夫でしょ”というクセが直らなく、大事な部分を端折ってしまったりする。もはや、そのクセはどうしようもないので、これからはいかにバレないように書くかという発想に変わってきているほどです(笑)。
◆その技術や対抗心は、何のためのものなんですかね?(笑)
なんでしょうね。全くいらないものなんですけどね(笑)。でも、ちょっと試したくなってしまって。とはいえ、さすが編集さんはプロなので、結局毎回“あ〜、またバレたか”とクセを指摘されながら、書き直してますけどね(笑)。
◆ちなみに、ものすごく個人的な感想ですが、今回のエッセイの中で、上京した時の東京の描写が読んでいてすごく面白かったです。あのころの東京を思い出しました。
うれしいです。当時の東京は本当に楽しい街でしたよね。ものすごくいいタイミングで上京したなって思います。バブルが弾けたころで、少しその名残りがありつつ、でも上京したら行ってみたいと思っていた場所がちょっとずつなくなっていたりして。それでも田舎から出てきた人間にとって東京は、とんでもなく楽しい場所でした。
◆当時は、どのあたりでよく遊んでいたんですか?
とりあえず毎日のように新宿に行ってました。『シティーハンター』の街ですから(笑)。あのころの新宿は、今のようにきれいじゃなく、ちょっと猥雑さがあって、いかがわしさもあるイメージで。渋谷にも多少似た猥雑さがありましたが、どこかカルチャーの匂いがしていましたよね。下北沢は完全にサブカルの街。そうやって自分の中でいろんな街にラベルを貼りながら東京を満喫していました。それに、岡崎にいたころに勝手にイメージしていた東京のいろんな街の風景を、実際に自分の目で探索しながら、“あ、こういう感じなんだ”と答え合わせしていく感じが、すごく楽しくって。…何だか懐古厨みたいになってしまいましたが(笑)、そうやっていろんな記憶を甦らせながらエッセイを書くことで、思い出を文字にする意味や楽しさ、大切さをあらためて感じていました。
◆中でも、特に思い出に残っている場所を1つ挙げていただくと…?
渋谷にあった輸入レコードショップの「ZEST」。当時、カジヒデキさんが働いていたんですよ。トレードマークのような短パンにおかっぱっぽい髪形でお店に立たれていて。かわいらしいイメージがあったのに、実際に見たらものすごく大きな方だったので、驚いたのを覚えています。また、お店の中にはファッショナブルなオリーブ女子がたくさんいて。…って、オリーブ女子がもはや通じないでしょうけど(笑)、そこに紛れながらニッチなレコードを、キラキラした目で財布と相談しながら買ってました。レコードが趣味だなんて言うとオシャレに聞こえますが、あの沼にハマっちゃってからは、もう地獄の日々でしたね(笑)。
PROFILE
櫻井孝宏
●さくらい・たかひろ…6月13日生まれ。愛知県出身。代表アニメ作品に『鬼滅の刃』冨岡義勇役、『呪術廻戦』夏油傑役、『おそ松さん』松野おそ松役、ゲーム『FINAL FANTASY VII REMAKE』クラウド・ストライフ役など。
商品情報
エッセイ 「47歳、まだまだボウヤ」
2021年10月28日(木)発売
株式会社KADOKAWA
photo/相澤宏諒 text/倉田モトキ
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2021年11月3日(水)23:59