2018年に上演され、読売演劇大賞をはじめとする多くの演劇賞を受賞した舞台『母と暮せば』が3年ぶりに再演。キャストには初演と同じく富田靖子と松下洸平の両氏が再タッグを果たした。こまつ座「戦後“命”の三部作」の最後の1作に数えられ、長崎の原爆被害後、ひとりで暮らす母のもとに、幽霊となって現れた息子との交流を描いた本作。CS初放送に向け、公演の思い出や再演の見どころを語ってもらった。
◆『母と暮せば』の初演は2018年でした。3年ぶりの再演が決まった時の心境はいかがでしたか?
松下:実は初演の時から、再演をしたいという話をうかがっていたんです。それがいつになるかまでは決まっていませんでしたが、心づもりだけはできていたので、ただひたすらその時を待っているという感じでした。正式に決まった時は、“もう3年も経ったのか”という印象でしたね。それからは、あっという間に稽古になり、あっという間に本番を迎え、あっという間に千秋楽でした(笑)。
富田:私は、ただただ“うれしい!”という感情だけが湧き上がりました。それというのも、初演ではこの作品のこと以外、何も考える余裕がなく、ひたすら一公演一公演をこなすだけだったんです。ですから、こまつ座の井上(麻矢)社長から、「再演が決まりました」という連絡をいただいた時に、初演を褒めてもらえたような気がして。とはいえ、心から喜べたのはその瞬間だけで、あとからどんどんと、“また、あの大変な日々を過ごすのかぁ”という感情が押し寄せてきましたね(苦笑)。
◆初演は富田さんにとって初の二人芝居で、それも大変さに影響しているとおっしゃっていましたね。
松下:えっ、そんなに大変な思いをされてましたっけ?
富田:してましたよ! だって、稽古の最終日に、「明日、紀伊国屋ホールに行きたくない!」って叫んでましたもん(笑)。
松下:そんなことがあったと?
富田:(笑)。大声で、「怖いから、劇場に行きたくない!」って騒いでたら、スタッフさんから冷静に「行ってください」と言われました(笑)。本当に自信がなかったんですよね。演出の栗山(民也)さんは「大丈夫だよ」と言っていただけてたのですけど。その後、本番はなんとか無事に終えられましたが、この再演までの3年間は、まさにその自信のなさを克服するための期間だったようにも思います。
◆再演に向けて、意識されたことはありますか?
松下:この作品に限らず、僕のなかで再演って難しくて、“初演よりも良いものを作ろう”と思いすぎると、本来の目的からはずれていってしまう気がするんです。ですから、再演だからと身構えず、新しいものを作るくらいの新鮮な気持ちで取り組むほうがいいのかなと考えていました。また、実際に稽古が始まると、栗山さんは僕らよりもだいぶ先のほうを歩いていらして、“今、世の中がこういう状況だから、今回の『母と暮せば』はこうすべきだ”という方向性を明確にお持ちだったんです。僕はそれに必死に喰らいついていくだけで、その結果、初演とはまた違ったものができたなという感覚があります。
富田:私に限っては、初演の途中あたりから、この作品に対して、少しずつ違う景色が見えはじめていたんです。それもあって、再演は間違いなく違ったものになるだろうなと感じていました。もちろん、初演がダメだったという意味ではないのですが。それに、栗山さんもおっしゃっていたことなのですが、初演の時に感じたきらめきや勢いなどを再演でなぞるつもりはなく、新たに追求していきたいことが増えていったので、特別に再演だからと意識することもなかったですね。
◆再演の稽古初日はどんなお気持ちでしたか?
松下:初演の時ほど緊張はしなかったです。スタッフの皆さんも同じメンバーでしたから、不安もありませんでしたし。むしろ、どれだけ新鮮な気持ちで取り組めるかなと考えていました。あとは、やはり懐かしさがありました。稽古初日に靖子さんの《おとといね、上海のおじさんが来たとよ》というセリフを聞いた瞬間、3年前のことが、ばぁっと甦ったりして。
富田:そうなんだ。私はちょっと不思議な体験をして、稽古初日に台本の読み合わせをした時、3年前の浩ちゃん(松下さんが演じた浩二役)と、今の浩ちゃんが交互に出てきて、少し戸惑ったんです。
松下:へ〜! 面白いですね。僕はそういうのなかったです。
富田:だから、稽古の3日目くらいまでは、私の中に2人の浩ちゃんがいたんですよね。稽古中も、2人の浩ちゃんを見ながら演技をしていて。“これも再演の醍醐味なのかな?”、“再演って面白い!”って感じていました。
◆栗山さんの演出で初演との違いを感じたところはありましたか?
松下:今回は、初演以上にリアルさを追求していたように思います。例えば、声の大きさも、「普段しゃべっているぐらいのトーンで、2人だけの世界を作って欲しい」という演出がありました。「そうすればするほど、この舞台が庶民の話として成立していくから」と。というのも、この作品は戦争の悲惨さを描いていますが、そこを僕たち役者が過度に表現しすぎてしまうと、メッセージになってしまうんですね。でも、大事なのはメッセージを届けることではなく、あくまで庶民が長崎の原爆の犠牲になったんだと感じてもらうこと。だからこそ、会話をする時の声のボリュームもリアルにしたいと何度もおっしゃっていたのがとても印象的でした。また、もうひとつハッとさせられたのが、クリスチャンである母の伸子さんがお祈りをする動き。食事をする時やマリア様の像と向き合う時に何度かお祈りをする仕草があったのですが、それをやめたんです。
富田:そうでした。全部ではないのですが、何ヵ所かやめてほしいと栗山さんから言われました。それは彼女自身が神様を信じられなくなってきたことを意味するんですよね。
松下:原爆を落としたB-29に神父様も乗っていたはずなのに、なぜ同じ神様を信じる人たちの頭の上に爆弾を落としたのかと考え始めていく。息子を戦争で亡くし、伸子さんはひとりぼっちで生きてきたわけですが、この失った3年間を表現する方法として祈るのをやめるという演出を見て、今回の作品がより深くなったなと感じました。
富田:また、だからこそ、浩ちゃんが幽霊になって戻ってきてからの2人の関係性は、すごく丁寧に表現していきました。幽霊ではあるものの、生きていた頃と同じような空気感で過ごすことが、逆に息子を失った悲しさや、2人でいた時間がいかにかけがえのない大切なものだったかを表すことにも繋がりますから。もしかすると、お客様のなかには、“これ、本当にお芝居をしてるの?”、“親子という関係の役を使って遊んでない?”と思ってしまった方がいるかもしれませんが(笑)、それぐらい楽しそうな雰囲気を出せればいいなと思って演じていましたね。
◆幽霊の息子が現れるというファンタジーさがありながらも、息子といる時の幸せな時間や、それでも本当はいないんだという悲しい感情をリアルに表現されていったんですね。
富田:そうなんです。だから、伸子は浩ちゃんの体を触りそうになるんですが、触れないんです。心の底から楽しそうに会話をしていて、思わず「ばかだね〜」って触りそうになるんですけどその瞬間、“…あ、触れちゃいけない”という感情が伸子には生まれる。
松下:そうだったんですか。そうした感情でお芝居されているのは気づきませんでした。
富田:全部が全部ではなく、栗山さんから「そこは触れてください」と指示された部分は触れていますけどね。でも、それ以外のシーンでは触れなかったです。伸子のなかに、“手が体をすり抜けてしまうかも”という怖さと、もしそうなったら“浩ちゃんはやっぱりこの世にいないんだ”ということが現実になってしまう辛さが生まれますから。
松下:なるほど、確かにそうですね。それに、このお芝居って、喜びと悲しみが行ったり来たりするんですよね。(浩二の恋人だった)町子の話をして2人が暗くなったあとに、そのことを忘れるように、急に「母さんは、なして助産婦になったと?」って思い出話をして盛り上がったり。それが2人の感情の複雑さを表していますし、今回再演で戯曲と向き合ってみて、改めて脚本を書かれた畑澤聖悟さんの巧みな筆運びに驚かされましたね。
◆では、この舞台を今のこの時期に再演したことの意義についてはどのように思われましたか?
松下:この3年間で世の中が本当に大きく変わりましたよね。当たり前だったものがそうではなくなり、大切なことがしっかりと伝わっていなかったり。今回の稽古場での栗山さんの言葉にもあったのですが、これらは長崎の原爆被害を隠そうとしたことへの庶民からの怒りともリンクしているように思うんです。それは3年前の初演にはなかった新たな繋がりですし、時代によって作品を通して伝えたいこと、伝えなければいけないことは変わっていくんだなと、この再演を通して強く感じました。
富田:だからこそ、来年も再来年も、十年後だって、やれる可能性があるのなら、ずっと繰り返し上演すべき作品だなと感じますね。できれば、『父と暮せば』とセットで上演してほしいです。もっと言えば、浩ちゃんは大変かもしれないけど、『木の上の軍隊』とも一緒に連続上演したいですね。(※『父と暮せば』『木の上の軍隊』『母と暮せば』はこまつ座の「戦後“命”の三部作」と呼ばれ、松下洸平は『木の上の軍隊』にも出演)
松下:えっ? えぇ!? いやいやいや! それは無理ですって(苦笑)。
富田:無理なの? どうして!? 絶対できるって。大丈夫、私がいるけん!(笑)
松下:ちょ…何を根拠にそんなことをいいよるん?(笑)
富田:そもそも、あんたも、やるべきと思っとるでしょう?
松下:思っとるよ。思っとるけど…(笑)。いや、やっぱりちょっと待ってください。僕ひとりでは大変ですって。『木の上の軍隊』もほぼ2人芝居ですし。
富田:例えば、『母と暮せば』を最初に上演し、次に『父と暮せば』をして、最後に『木の上の軍隊』という流れなら大丈夫じゃない?
松下:3週間おきにとかですか? なるほど、それなら稽古する時間もありますね…。(まわりのスタッフが頷くのを見て)いや、皆さんも、「うん、うん」じゃないですって(笑)。ただ、本当にそういう機会があるのなら、頑張らないといけないなとは思っていますね。
富田:本当!? 頑張ろうね。…なぁんて、私も「大丈夫!」って言いながら、“ちょっと私、嘘つきかも…”って思ってる(笑)。いざやるとなると、本当に大変な作品ですからね。
◆三作連続上演が実現するのを楽しみにしています! 最後に、今回の放送をご覧になられる方にメッセージをお願いします。
富田:何よりも、まずはこの作品を観てくださるだけですごくうれしいです。そして、もしいつの日かこの舞台がまた上演され、そこに立っているのが私たちじゃなくても、ぜひ生の舞台もご覧いただければと思います。何度も言うように、ずっと上演され続けるべき作品ですので、一度は劇場で体感してもらえたらうれしいですね。
松下:本当にそうですね。劇場に来られなかった方も大勢いらっしゃると思いますので、こうしてご覧いただけることがすごくうれしいですし、靖子さんがおっしゃるように、いつか劇場でお会いできればなと思っています。その日を待ち望みながら、僕たちも栗山さんにお声をかけていただける限り、ずっとこの作品の舞台に立ち続けていきたいなと思います。
PROFILE
富田靖子
●とみた・やすこ…1969年2月27日生まれ。神奈川県出身。1983年に映画『アイコ十六歳』でデビュー。その後も主演作『さびしんぼう』『BU・SU』『南京の基督』などで、数々の映画賞を受賞。最近の出演作にドラマ『警視庁ひきこもり係』『生きるとか死ぬとか父親とか』『東京地検の男』『モコミ〜彼女ちょっとヘンだけど〜』、NHK連続テレビ小説『スカーレット』、映画『Fukushima 50』など。
松下洸平
●まつした・こうへい…1987年3月6日生まれ。東京都出身。2008年に「洸平」名義でCDデビュー。翌年、ミュージカル『GLORY DAYS』で初舞台を踏み、俳優として活動の幅を広げる。2019年NHK連続テレビ小説『スカーレット』で人気を博し、話題作に多数出演。現在、バラエティ番組『ぐるぐるナインティナイン』(日本テレビ系)にレギュラーで出演中。2021年8月25日には松下洸平としてメジャーデビューし、シングル「つよがり」をリリース。現在、映画『燃えよ剣』が公開中。ドラマ『最愛』(TBS系)に出演中。
作品情報
こまつ座「母と暮せば」(2021年版)
CS衛星劇場 2021年11月14日(日)後 8・00よりテレビ初放送!
※こまつ座「戦後“命”の三部作」の第一弾
「父と暮せば」(2021年版)も11月7日(日)後 8・00よりテレビ初放送!
(作:井上ひさし/演出:鵜山仁/出演:山崎一、伊勢佳世)
(STAFF&CAST)
原案:井上ひさし
作:畑澤聖悟
演出:栗山民也
出演:富田靖子、松下洸平
(STORY)
1945年8月9日、長崎は原爆によって壊滅的な被害を受けた。あれから3年。息子の浩二を原爆で亡くしたクリスチャンの伸子は、今では助産婦の仕事からも少し遠ざかり、ひとり静かに暮らしていた。ところが、ようやく気持ちの整理も落ち着きはじめた彼女の前に、生前の姿のままの浩二が幽霊となって現れる……。本編終了後には富田靖子&松下洸平のスペシャルインタビューも放送。
text/倉田モトキ