1998年4月から放送がスタートした『情熱大陸』(MBS/TBS系)が、今年で25周年を迎える。放送開始以来、この番組のナレーションを務めてきた窪田等さんにインタビュー。『情熱大陸』のナレーション収録現場の様子や制作裏話を聞きました。さらに、コロナ禍になって始めたYouTube「窪田等の世界」のこと、“情熱”を注いでいることも教えてくれました。3月29日発売のTV LIFE本誌に収まり切らなかったロングインタビューを公開します。
◆1998年4月から始まった『情熱大陸』が、25周年を迎えます。創設メンバーとしての今の心境を率直に伺えますか?
自分の中では、何周年とかそういう意識は全然なかったですね。毎週毎週のことなので、回数や年月は忘れちゃうんです(笑)。言われて「あ、そんなにたつのか」という感じですよ。
◆窪田さんから見て、この番組における変化は感じますか? 例えばディレクターさんとか。
僕だけの感覚ですが、あると思いますよ。始まったころはドキュメンタリーの大御所たちがやったりしていて。取材対象者を、もっとクールに突き放していたかもしれない。その辺が今は、優しくなっているのかもしれません。相手に寄り添うというか、相手の中に入っていくというか。ディレクターさんによっても全然違いますね。
◆ディレクターさんが違っても、『情熱大陸』らしさみたいなものがこの番組にはあります。その大きな要因が窪田さんのナレーションだと思います。窪田さんはナレーションを入れるときに『情熱大陸』らしさは意識しますか?
あんまりないんですよ。やっぱりね、台本と音楽と映像、つまり「何を言いたいか」ということによって、こちらのしゃべりも変わるんです。「このコメントだったらこう言いたいな」「この音楽がくるならこういきたいな」という駆け引きのようなものが毎回ある。だから毎回新鮮で、本当に飽きないです。
むしろ「『情熱大陸』はこうでなきゃいけない」となるのは嫌だと思っているんです。以前、作家さんがウィットを利かせて、台本に「なんだか『情熱大陸』らしくなくなってきた」というコメントを書いてきたんです。僕がそこで「これ、あんまり言いたくないです。『情熱大陸』はこういうふうにしなきゃいけないなんて決まってるの?」と言ったら、「いや、そんなことはないですよ。なんだっていいよね」と。「だったらこれは自分たちの首を絞めることじゃない?」と。プロデューサーさんも音効さんも「そうだよね」と共感してくれて、そのコメントはやめましょうとなりました。もちろん『情熱大陸』の流れやパターン、らしさというものはあるけれど、それをこちら側から言ってしまうのはいけないんじゃないかな。ディレクターさんが「これは面白い」と思うものを、その都度、どんな切り口でもいいから見せてくれればいいと思っています。
◆台本のコメントに意見を求められることはありますか?
それはね、こっちから言う方が多いです。僕はテストから本番まで視聴者の目で取り組むようにしているので、テストのときは特にそうですよね。初めて見る人に分かるかどうかという部分で、僕が理解できなかったらまずいだろうと思うことがあって。「主語がないからちょっと分かんないけど、これはこういうことで、そういう理解でいいの?」と質問したり。文章を理解しておかないと伝えられないと思うから。で、説明を聞いて、「あ、そうだったのか」と。もっとも、こっちが理解してないまま読んでも、日本語だからある程度は伝わるけど。もっとよりよく伝えるならば、自分が文章を理解してから。「こう伝えてあげなきゃ」という思いを乗せたいから聞くんですけどね。「だったら、こうしません?」と提案することもあります。
「(このコメントは)なくそう」ってこともありますよね。石井一男さんという、女神を描いている画家さんがいるんです(2010年1月17日OA)。取材に行ったら、石井さんが一人で影絵で遊んでいたんですって。ディレクターさんは『石井一男は影絵で遊んでいた。』と台本に書いた。そこで僕は「すみません、『石井一男は』を取ってもらえますか? 『影絵で遊んでいた。』だけでいいんじゃない?」と。するとディレクターさんが「『遊んでいた。』だけでいけますか?」と。ディレクターさんがね、どんどん削っていくんですよ。試されているわけです。『遊んでいた。』というひと言だけで、雰囲気を伝えなければいけない。これは面白かったですね。(ナレーションのように)『石井一男は影絵で遊んでいた。』『影絵で遊んでいた。』『遊んでいた。』で、ニュアンスが変わっていきました。
◆『情熱大陸』のナレーションを生で聞けました!
(笑)。これはね、楽しかったですよ。『遊んでいた。』だけだとしゃべりにくいんです。でも、映像にこのコメントを乗せていかなければいけない。ただ単に『遊んでいた。』と言うだけではダメで。そういうところで、自分の感覚や思いをスッと乗せていくところに、ナレーターの喜びがありますよね。このときはね、ディレクターさんも迷っていたんです。石井一男さんは、安くなる時間にお総菜を買いに行って、それをきれいに並べて食事をするんです。台本には『彼の食事は質素だ。』『それはある意味美しいとさえ言える。』とある。ディレクターさんに「窪田さん、どっち?」と聞かれて、「これは美しいでしょ」と。「思った方でナレーションしてくれる?」と言われて、僕は『美しい』と表現しました。自分の感情をパーッと出すわけではなくて、『ある意味、美しいとさえ言える。』という言葉に自分の気持ちを乗せることに喜びを感じるんです。この回は印象に残っていますね。
◆先日放送された、ピアニストの藤田真央さんの回(2023年2月26日OA)。ベルリンで一人で暮らす藤田さんが、鶏のからあげを作って食べる場面での、『副菜がほしいところだ。』というナレーションが印象的でした。窪田さんのいい声と、ツッコミというかひとり言のようなコメントの組み合わせに笑ってしまいました(笑)。
『ちょっとおせっかいだが、副菜もほしいところだ。』。あれは、作家さんの思いであり、ウィットでしょうね(笑)。ああいうものも書いてくるんですよね。あのナレーションは、思ったままに乗せました。藤田さんの回は、ものすごい緊張感がありました。声の出し方も、入り方も。というのは、音楽家の方の音に対する感覚が、僕も分かるわけですよ。ミキサーさんにも言いました。「いやー、今回は緊張するよ」って。変なタイミングで、変なナレーションを入れたら、音楽家とディレクターが作り上げたリズムや世界を壊してしまう。それは失礼ですよね。でも、こうしようああしようではなくて。緊張して、息をこらえて見てるしかないなと思った場面から、フッと空気が変わると当然口調も変わる。情景に身を任せると、そうなるんですよね。
◆ちなみに、普段テレビはご覧になりますか?
テレビに関わっていながら、あまり見る機会がないんです。仕事ばかりしていてね。今ね、台本と一緒に映像も送られてくるんです。昔はそんなことはなかったんですけど、今は機材が便利になったから、パソコンに(データを)送るのも簡単だと。収録前に、家で勉強しなきゃいけなくなってしまいました(笑)。映像を見ながら台本に目を通す。そうすると、やっぱり好きだから、「いやこのタイミングよりこっちがいいかな」と、演出が始まっちゃうんです。楽しいですね。
特に最近は、テレビを見る時間がなくなっています。YouTube「窪田等の世界」で、毎週1本朗読を上げるのが結構大変でね。仕事だと、ディレクターさんが「こうだよ、ああだよ、どっちがいい」とやってくれる。ところがYouTubeは自分1人で決定を下さないといけない。「いやもう1回いこう」「この表現違うよな、もう1回」。ノイズが入ったら切らなきゃいけない。自宅の自分の部屋で録音しているので、昼間はなかなかできないんです。夜、録音をしているでしょ。「あ、『情熱大陸』始まったな」って(笑)。『情熱大陸』だけはわりと見ています。反省会になってしまいますけどね。で、見終えたらまた「ちょっとやろう」と録音に戻るんです。
◆窪田さん、趣味はありますか?
昔はありましたけども、もう釣りもあんまり行ってないかな。ゴルフはやってます。友達が月1回は誘ってくれるから。YouTubeの来週分を早めに上げたから、今度の日曜日に久々にゴルフに行こうかと話してます(笑)。
◆もしかして、YouTubeに振り回されていますか?(笑)
本当にねえ、振り回されてます(笑)。でも、やっぱり好きだからやってると思うんですよね。「嫌だな~、やんなきゃいけないな~」ではなくて。(朗読の)題材をどれにしようかな、と考えるのも、録音に向かうのも、楽しいんです。違う表現を探るのも、苦しいんだけど、楽しい。もしそうでないと、こんなに続いてなかったと思います。
◆窪田さん自身が、現在情熱を注いでいることを教えてください。
僕はとにかく仕事が好きで。ヒリヒリするような現場が好きなんです。「このタイミングがいいかな」「どっちがカッコいいかな」とか、そういうことを常に考える。「ここはこういう表現させてもらえる?」とか、結構しつこいんです。ディレクターさんからすると、「うるさいナレーターだな~」と思われるところだと思います(笑)。「いいだろそんなのどっちだって!」と。でもやっぱり、つまらないですよね。仕事に対して情熱を持っていないと。仕事の他にも情熱を向けるものがなければいけないんだけれども、僕の場合はそれも仕事になっちゃってるから。だからYouTubeも一生懸命できるんでしょうね。
◆『情熱大陸』以外の現場でもそのスタンスですか?
CM以外、台本の文章を直さないことはないです。ディレクターさんとは戦いですよね(笑)。
◆バチバチで、一緒に作っているんですね。
その辺は、ナレーターとしてちょっと変わっているかもしれません。僕の場合は、読んでくれと言われたものに対して、「いやちょっと待って。このタイミングだったらこっちの方が気持ちいいんじゃないの」と、必ずディレクターに聞きます。その辺の感覚は他の方と違うかもしれません。だから時間がかかるかもしれないね。感覚として、スタッフ側なんです。
◆たしかにそのやり方ですと、収録に時間がかかりそうですね。『情熱大陸』の収録はどれぐらいかかりますか?
台本に全然問題ないときは、1時間半から2時間くらいです。9時間が最長記録でしたが、12時間かかって記録を更新してしまいました。
◆え? 30分番組に?
はい。台本に目を通して、「あれ? なんか違うんじゃない?」と感じたんです。『このすごさを見てほしい』というコメントが書いてあるけれど、僕はその人のことを知らないので、「いや、すごさが全然分かんない。こういう入り方でいいの? これ、この人のことを知ってる人の見方じゃない? そう言われたとしてもあまり見たくないよ」という話をしました。プロデューサーも「そうだよなー。これちょっと(視聴者に対して)上から来すぎているよな」「じゃあどうしましょう。映像も変えますか。まだ時間があるから」と。そこから数時間待機して、終わったときには12時間がたっていました。でも、それだけかかってもね、そんなに嫌だという感じもしなかったですね。「この言葉とこの言葉を入れ替えた方がいいだろうか?」「こうかなー」「ちょっと読んでみますね」「んー、いまいちだなー」「最後のひと言はどうしようかな?」と考えていると、結構時間がたっちゃうんですよね。
◆窪田さんの『情熱大陸』を作るべきだと思います!
絶対に嫌です(笑)。自分を見せたって、そんな面白くないだろうって思っちゃうんです。そんなに突出して誇れるものがあるわけじゃなくて、ただ単に好きで仕事をやってるだけだから。皆さんが見て面白いものも、人に感銘を与えられる言葉もないし。ごくごく普通のナレーター、普通のジジイです(笑)。
◆とてもそうは思えません。声優など他の仕事を一切せずに、ナレーター一筋で50周年です。『情熱大陸』も25周年。その先は、どのように見据えていますか?
コツコツコツコツとやっていくしかないですよね。こういうところがね、つまらないところで。インタビューを受けても、何にもいいことを言えない。ただ、やっぱり気持ちよく聞けるようなものをというのは、大事にしていることです。僕はあくまでもナレーターだから、与えられたその世界をどうやって視聴者にうまく伝えていくかが役割であるから。作り手ではないから、その役割をやっていきたい。伝えるということを、ちゃんとやっていきたい。それだけしかないです。
PROFILE
●くぼた・ひとし…1951年3月27日生まれ。山梨県出身。『情熱大陸』のほか、『THE FISHING』(テレビ東京系)、『イキスギさんについてった』(TBS系)など多くの番組、CMでナレーターを務める。
公式YouTube「窪田等の世界」:https://www.youtube.com/@hitoshi_kubota_official
番組情報
『情熱大陸』
MBS/TBS系
毎週日曜 午後11時~11時30分
番組HP:https://www.mbs.jp/jounetsu/
公式Twitter:https://twitter.com/jounetsu
公式Instagram:https://www.instagram.com/jounetsu_tairiku/
●text/須永貴子