TVLIFE13号(6/1発売)のコラム“TVお仕事人”に登場してくださった、『クレヨンしんちゃん』ムトウユージ監督インタビューのロングバージョンを公開。25年目に突入した国民的アニメは、どのように生み出されているのか。
「なぐられうさぎ」シリーズの秘話からぶりぶりざえもん復活エピソード、好きなキャラクター&エピソードまで、監督の“しんちゃん愛”を感じてもらえるはずです。
ぶりぶりざえもんの復活は最高のタイミング
(本誌“TVお仕事人”の過去記事を見ながら)“お仕事人”といえば、去年の『クレヨンしんちゃん』と『必殺仕事人』のコラボを思い出しますね。
――『必殺』の東山紀之さんが劇中の役柄そのままに『クレヨンしんちゃん』に出演するという豪華なコラボでしたね。
京都撮影所にも行ったんですよ。たまたま京都に旅行に出かける予定があったので、知り合いに「『必殺』の撮影の見学に行きたいんだけど」ってお願いして。もうね、感動しましたよ。昔から『必殺』シリーズが大好きなので、編集の園井さんにお会いさせていただいたり。あそこは聖地です!!
――そういえば、監督作の劇場版「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ 歌うケツだけ爆弾!」(07年)には、かつて『必殺仕事人』に出演していた京本政樹さんが声優として参加されていますよね。ひろしが、京本さんの演じた“組紐屋の竜”になりきるシーンもあって。
あの映画での京本さんは、私の中では、『必殺仕事人』ではなく『スケバン刑事』のときのイメージだったんですよ。でも、どうせ出てもらうなら『仕事人』らしいシーンも入れておこうと、仕事人みたいな曲もつけてやらせてもらいました(笑)。
――そんな『しんちゃん』も25年目に突入しました。ぶりぶりざえもんが神谷浩史さんの声で16年ぶりに復活したのも大きな話題となりましたね。
もともとのぶりぶりざえもんの声優を務めてくださっていた塩沢(兼人)さんがお亡くなりになったのが16年前。私たちは塩沢さんをリスペクトしていますから、当時は「ぶりぶりざえもんは塩沢さんしかいない」と話していて、それでぶりぶりざえもんは封印しておこうということになったんです。
だから僕自身、復活はないだろうなと思っていたんですけど、やはり月日の流れで、ぶりぶりざえもんを知らない世代が増えてきて「ぶりぶりざえもんをこのままにしておくわけにはいかない」と思うようになってきて。ぶりぶりざえもんを出さないというのは、私らスタッフ側のエゴでもあるんじゃないかと。
ただ、復活するなら演出上、さらにパワーアップした描き方をしなければならない。今は昔よりもテレビの表現って厳しいですからね。
だから、プロデューサーに聞いたんです。「ぶりぶりざえもんがポーンと出てきたときに、うんちしているポーズありね?」って。そうしたら「やっていい」って返事だったんで、昔からの芝居をOKしてもらえたのでそれならやりましょうかと。復活したけどマイルドになっちゃったなって言われちゃうのは、やっぱりイヤですからね。
――新声優に神谷さんを選ばれたのは?
私はウチで風呂に入っているときにいろんなことを思いつくんですけど、神谷君もそう。塩沢さんのようにオーラのある芝居のできる役者でなければならないとは思っていて、そんなときに風呂に入りながら「神谷君がいるじゃん」ってぽんと頭に浮かんだんですよ。実際にアフレコをしても、神谷君はぶりぶりざえもんにぴったりだった。おそらく2~3年前の神谷君だったら、ここまでハマらなかったでしょう。
『しんちゃん』が25年目に入って、塩沢さんがお亡くなりになって16年がたって、そういうことも全部ひっくるめて今しかできない最高のタイミングなんだなと思いました。
ギャグとホラーは表裏一体
――そもそも『しんちゃん』の毎回のエピソードは、どのように作られていくのですか?
毎週シナリオ会議があって、今はライターが6人いるんですけど、原作や季節的なオーダーもありますが、まずは彼らにプロットを持ち寄ってもらって話し合いをします。その場の雑談からアイデアが生まれることもありますね。「今までこんな話やったよね」「だったら方向を変えて、今度はこっち行ってみようか」とか。
例えば、お遊戯会の話もいいけれど、その前日の練習とか、終わった後に何があったかとかを考えていくと、意外とみんな盛り上がってどんどん話が転がっていって、結果、新しい切り口が出来上がったりするんですよ。
あとは“これとこれとこれを題材に1話作ってみましょう”と落語のようなアプローチの仕方をする場合もありますね。そういうことを踏まえて、ライターにはまたプロットを練ってきてもらう。だから、翌週になると全然内容が違っていたり、シナリオになったらもっと変わっていたりするんです(笑)。
基本的には『しんちゃん』って普通の生活の中での話だから、それほど決め事っていうのはないんです。みんながやっているようなことを『しんちゃん』的に描いたらどうなるか。それを考えながら話を作っていきます。
ただ、ライターや演出にはよく、「日常の8分間を切り取った感じにしたい」という話はしますね。8分間とはつまり、1話の放送時間。1日ないしは数日にまたがる話も多いんですけど、なるべくなら8分間から数時間の出来事をそのまま映し出すことでリアルにお見せしたいなと。
今、リビングだけの1シーンで1話作れるアニメって、『しんちゃん』だけだと思うんです。それでいて飽きない作り方ができるっていうのが、『しんちゃん』の稀有な魅力でしょうね。
――爆笑作から感動作まで、作り方の幅もとても広いじゃないですか。だから飽きないんでしょうね。
『しんちゃん』ってホームドラマなんだけど、緊張感とかくだけ方とかも、実生活での「あるある」っていうところを押さえつつ見せていくと、いろんなアプローチができるんですよ。毛色の違うような持っていき方をしたとしても、普通に見れちゃう。それが『しんちゃん』のいいところだと思っているんです。
ギャグとホラーって表裏一体なんですよ。日常の会話で『オチ』をつけるとギャグになるのですが、『オチ』をつけないとホラーになるんです。そういう『日常の闇』という脳の混乱がギャグであったりホラーであったりで。私は「闇の部分もはらんでいるよ」っていうのがちょっとだけあると面白いんじゃないかなと思っていて。
甘いまんじゅうの中に塩味がちょっと入っていると甘みが引き立つでしょう? そういう味付けの仕方はしますね。
“なぐられうさぎ”がいつの間にかライフワークに
――それで言うと、“なぐられうさぎ”シリーズはホラーに振り切った“ド闇”の世界観で、異質ですよね(笑)。
そうですね(笑)。一番最初の中(弘子)さんのシナリオでは、うさぎのぬいぐみるが動き出してネネちゃんに襲いかかって、でも最後は夢オチだったんです。個人的に夢オチ嫌いなので(笑)もっと違うオチはないのかなと考えて、怖いままで終わるコンテを描いて当時の監督の原(恵一)さんに出してみたら、それが通っちゃった(笑)。
そのときは、うさぎのぬいぐるみがブワーっと大きくなって、ネネちゃんとネネちゃんのママを天井のほうにつかみ上げるような画も描いたんですよ。これくらいならありかなと思っていたんですけど、原さんに「なし」って言われてそこだけはカットしましたね。
――このシリーズに関しては、監督になられた今でもコンテや演出を自ら担当されていますよね。やはりこだわりが?
いつの間にかライフワークか!(笑)これは私じゃないとダメだなと思って。本当、好きにやらせてもらってきましたから。だって2作目なんて、ネネちゃんの首締めてましたからね(笑)。その後もう1本作って、“なぐられうさぎ”シリーズはしばらくお休みしていたんですよ。8年くらいかな。自分でもそんなに経ってたのかと思うんですけど。
そうしたら『マツコ&有吉の怒り新党』で取り上げてもらって、あれはびっくりしましたね。確かちょうど“なぐられうさぎ”シリーズを特集したDVDが出ていたのかな。それもあってか、『怒り新党』のほうに20通くらい取り上げてほしいってメールが届いていたらしくて。『怒り新党』のスタッフの方がインタビューしに来てくれておっしゃっていたんですよ。「『しんちゃん』がダントツでリクエストが来るんですよ。だから、やることにしました」って(笑)。
25年やっているのに、やっぱり笑っちゃう
――では、画の部分で何か大切にしていることはありますか?
画に関しては、アニメーターが自由にやっている面白さだと思うんです。コンテである程度は芝居をつけてますが、その芝居がアニメーターの手によって面白さ倍増することがあって、それを見ていると本当に楽しいんですよ。25年もやっているとみんな年とってきましたけど(笑)、バイタリティがあふれていて、キャラクターの動かし方の妙たるや。嫉妬すら覚えるくらい脱帽しますね。みんないつまでも健康で頑張ってやろうねって言ってます(笑)。
みんなおのおの描くときのクセがあって、しんのすけの顔1つにしても並べてみると微妙に違っていたりするんですけど、これはこれでOK!っていう自由さが『しんちゃん』にはある。それもまた面白いところなんですよね。
――しんのすけ役の矢島晶子さんをはじめ、声優の皆さんの多くも25年変わることなく、それぞれのキャラクターを演じていらっしゃいますが、アフレコの現場はどのような雰囲気ですか?
この間放送した話で、しんのすけが風間くんに尻を押されながら木に登るシーンがあって。で、しんのすけの「アハアハアハ」っていうあの笑い方を矢島さんが演じるわけです。この25年ずっと聞いてきているのに、それでもやっぱり笑っちゃうんですよ。演出の横山(広行)さんと「テストのときから笑っちゃうよね」って。テストのときから笑えるって、最高だと思うんですよね。
話を考えて、コンテを描いて、アニメーターが芝居をつけてくれて、良いタイミングで編集してそういう積み重ねの集大成というか、命が入るのがアフレコ。アニメーター同様、声優陣もみんな年とってきましたけど(笑)、相変わらず面白いですよ。
――監督が『しんちゃん』の中で好きな「キャラクター」は?
私にとって『しんちゃん』のキャラクターって、自分のパーツでもあるんですよ。演出陣も、私から受けたパーツを自分のパーツに置き換えて各キャラクターを動かしている。だから、どれかって言われるとみんな平均的に好きだったりするんですよね。なら“なぐられうさぎ”シリーズは私の病んでいるところなのかっていう話にもなるんですけど(笑)。
――そうなんですか?(笑)
どうだろう(笑)。以前は自分でそんなに意識はしていなかったんですよ。本当、最初のうちは全然。「俺、結構こんな怖いこと考えちゃうんだなぁ」ってくらいにしか思っていなくて。でも、一昨年にやった話のとき自分でシナリオも書かせてもらった時にこれって自分の闇の部分なのかなってちょっと思ったりして…って、話が逸れてきましたね。何の話でしたっけ。あぁ、好きなキャラクターだ(笑)。「なぐられうさぎ」は、これはこれで一本ごとに完成されちゃったものだから、好きとか嫌いとかじゃないんですよね。
とはいえ、しんのすけって言うのも当たり前なので、あえて言うならまつざか先生かな。劇場版「クレヨンしんちゃん 伝説を呼ぶ 踊れ!アミーゴ!」(06年)で結構いい味を出していたんですよね。徳郎とお別れする回のときも、結構思い入れ強く演出させてもらったんですよ。俺、こんなこっ恥ずかしいことまでやっちゃうんだっていうくらい。そういうのもあって、まつざか先生ですね。
――まつざか先生と徳郎の別れのエピソードは、原作だとかなり悲痛な描き方なんですよね。
原作だと徳郎は死んでしまっていますからね。アニメでは、化石発掘に外国に行きっぱなしってことになっているんですけど。徳郎との別れを描いたとき、まつざか先生のキャラクター自体も完結させてしまったんじゃないかと思ったりもしたんですよ。これ以上、まつざか先生で何かやるべきことがあるのかなって考えたときに、しばらく合コンでフラれるネタとかないんじゃないかなって。まぁそれも、月日の流れで作り直せる部分が出てきたんですけど。長くやっていると、そんなこともあるんですよね。そんなキャラクターのやり直しがぶりぶりざえもんにも当てはまってきたりして…とか考えるようになったりして…。
野原家は、自分の家族に置き換えることができる
――では、好きな「エピソード」は?
今お話ししたまつざか先生と徳郎のお別れも印象深いんですけど、あとは、爆発回かな。しんのすけたちの家って一度爆発したんですよ。「どかーん!!」って全部。原作の臼井(儀人)さんいわく、「漫画アクション」から「まんがタウン」に連載が移行するときにリセットの意味を込めて描いたというようなことをおっしゃっていて、あぁ、なるほどなとは思ったんですけど、それでも爆発までさせちゃうかっていう(笑)。
その後、しんのすけたちは家が爆発しちゃったもんだから家探しをするんです。そのエピソードもまた僕にとっては印象深いですね。ひろしとみさえが新婚のとき、初めて一緒に暮らした建物に似ているからってことで「またずれ荘」というアパートを選んで住みだすんですけど、あの部屋は私自身が新婚のときに住んでいた部屋の間取りそのままなんですよ。ここにテレビがあって、ここに食器棚があってとか、当時を思い出してコンテを描いてましたね。
あと、その回でみさえが泣いたり笑ったりしながら、ひろしのことを「あなた」って何回か呼ぶカットを入れたんですけど、それはウチの奥さんとダブっている部分があって。あんまり言うとこっ恥ずかしいんですけど(笑)。野原家って、自分の家族に置き換えることができるんですよ。ウチはこうだなっていうのがひろしに通じていたり、みさえに通じていたり。ウチも子供がいて、1人は成人、もう1人ももうすぐ20歳になるんです。だから、昔はこんな感じだったなって思い出して描いていることはよくありますね。
――監督自身の体験が『しんちゃん』に投影されているんですね。
そうですね。そうすることがリアルな生活感を生むかなと思って。あと印象深いところで言うと、去年末に放送したスマホの「siri」の話もそうかな。『しんちゃん』だと「OSYRI(オシリ)」って言い方をするんです。で、その「OSYRI(オシリ)」の話がライトなホラーにするつもりだったんですけど、結構行き過ぎちゃったなと(笑)。
――(笑)。「siri」もそうですけど、『しんちゃん』って時代時代の新しいものも取り入れていきますよね。
生活に根付いているものだと、やらないわけにいかないですよね。昔の美術設定を見ると、掃除機が懐かしい感じだったり、家電がプッシュホンだったりするんですよ。なので、さすがにもう変えたほうがいいよねってみんなとも話して。まぁ、地デジ化のときは、野原家は間に合わなかったって話をやったんですけど(笑)。
電化製品を買いに行く話をまるまる1本作ったりもしますし、そういうところもまた面白いんじゃないかなと思うんです。なので、最近オートブレーキがどうとかって言われているから、そろそろ野原家も新しい車を買いに行かなきゃいけないかなっていう話をついこの間、会議でしましたよ。
――野原家、新車購入ですか。
でも、もしオートブレーキの新車を買ったら、運転が下手なみさえも楽に車庫入れができるようになる。今まで変なふうに曲がった車の停め方とかをしていたのに、そういうネタができなくなっちゃうわけです。それもどうなのかなと思っていて(笑)。
――便利になったらなったで、弊害もあるんですね(笑)。
便利になりすぎちゃうとね(笑)。
――それでは最後に、『しんちゃん』の今後の展望をお聞かせいただけますか?
野原家はいつの時代も変わりません。しんのすけも25年たったから25歳年を取るわけではなく、その時代時代の5歳児として、今までと変わらないスタイルでずっと生きていく。そういうところをちゃんと守っていかなきゃいけないなと思っています。もし野原家が生きられなくなる時代が来るとすれば、それは人類の文化が崩壊するときでしょう。
25年目ということでぶりぶりざえもんが復活しましたが、テレビシリーズ以外にもいろいろな動きがあります。「しんちゃん展」も全国巡回中です。これがことのほか好評らしくて、ひと安心しています(笑)。25年目にして、ますます元気な『しんちゃん』をお見せしていきますよ!
PROFILE
ムトウユージ…1962年3月27日生まれ。埼玉県出身。『クレヨンしんちゃん』では当初演出やコンテを担当、2004年より監督を務める。劇場版「クレヨンしんちゃん 伝説を呼ぶブリブリ 3分ポッキリ大進撃」、「伝説を呼ぶ 踊れ!アミーゴ!」、「嵐を呼ぶ 歌うケツだけ爆弾!」のメガホンも取った。ほかの監督作は『コレクター・ユイ』『クマのプー太郎』『UG☆アルティメットガール』『となりの関くん』など。
作品情報
クレヨンしんちゃん
毎週(金)
テレビ朝日系
後7・30~7・54
<イベント情報>
25周年記念
クレヨンしんちゃん展
7/20(水)~8/1(月)神戸・大丸神戸店(9階 大丸ミュージアム)
8月 熊本・鶴屋百貨店
秋 青森
2017年冬 岩手県…ほか
詳しくは「25周年記念クレヨンしんちゃん展」HPまで
http://shinchan25.com/shinchan-ten/
(C)臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK
●text/甲斐 武