好評放送中の連続テレビ小説『虎に翼』(NHK総合ほか 毎週月曜~土曜 午前8時~8時15分ほか)。本作の主人公は、日本初の女性弁護士で、後に裁判官となった三淵嘉子をモデルにした女性・佐田(猪爪)寅子(伊藤沙莉)。困難な時代に道なき道を切り開き、迷える子供たちや追い詰められた女性たちを救っていく、情熱あふれる法曹たちの物語を極上のリーガルエンターテインメントとして描きだす。
そんな本作で、猪爪家に下宿していた書生であり、寅子の夫・佐田優三役を演じるのが仲野太賀さん。早くに両親を亡くし、弁護士だった父に憧れて大学に通うも高等試験(現在の司法試験)にはなかなか合格できず…。そんな中、寅子に思いを寄せていた優三は社会的地位を求める彼女に自身との結婚を提案、やがて思いが通じ合い愛娘を授かるも、赤紙が届き出征していった。
寅子を大きな心で支え、温かく見守り続けてきた優三。そんな優三を魅力的に体現してきた仲野さんに、優三の役柄についてや妻・寅子を演じる伊藤さんの印象、撮影時のエピソードや本作に感じる魅力などを聞きました。
◆まず、本作のオファーを受けた際の心境は?
率直にすごくうれしかったです。日本で初めての女性裁判官の物語で、女性の社会進出が描かれるので現代に通じる話になっていくと思いますし、朝ドラでそういうことを描くのがすてきだなと。撮影がとても楽しみでした。
◆仲野さんが優三を演じる上で意識していたことは?
優三が持つ柔和で温かい空気感みたいなものを大事にしたいなと。猪突猛進でまっすぐに物事に立ち向かっていく寅ちゃんに対し、優三はちょっと頼りない面もありつつしっかり太い芯がある。そんなキャラクターを表現できたらいいなと思っていました。
◆優三と仲野さんご自身に共通点はありますか?
やりたいことがあり、夢に向かってひたむきに努力する、そういうところは僕自身とも近いのかなと思います。ただ、僕は優三ほど柔和ではなく、どちらかというと騒がしいタイプの人間なので(笑)、そういう部分は違っていますね。
◆猪爪家でのシーンの撮影エピソードを挙げていただくと?
空き時間には折り紙をしたりして遊んでいました。(猪爪はる役の石田)ゆり子さんが現場に折り紙を持ってきてくださって、前室でみんなで鶴を折りながら「最近おいしいご飯食べた?」というような、他愛もない会話をしたりもして。そういう意味では、ゆり子さんがだんらんのきっかけを作ってくだっていたと思います。劇中では食事のシーンも多いのですが、撮影が終わるとみんなで「おいしいね」とその食事をつまんだり、終始和やかな雰囲気でした。
◆本日迎えた第40回では、優三が愛しい家族を残して出征していきました。仲野さんはどのような心境で演じていましたか?
出征のシーンが近づくにつれ、脚本を読み進めるだけでも胸が苦しくて…。寅ちゃんと結ばれ、それまで家族のいなかった優三がやっと家族を手にすることができた。しかも寅ちゃんだけでなく、今までずっと一緒に暮らしていた猪爪家のみんなもそうですし、愛する娘もできて、法律の道には進めなかったけれど、彼は心の底から手に入れたかったもの(家族)を手に入れられたんじゃないかと思っていて。きっと優三自身も“なんで戦争に自分の幸せを奪われなきゃいけないんだ”と嘆きつつ、もう戦争に行くのは仕方がないことだから、せめて寅ちゃんを悲しませないように、そういう空気を作らないように…という思いでその日まで過ごしていたのかなと。優三の主語は、どんな時も“寅ちゃん”なんだろうなと思っていました。
◆これまでの物語で特に印象に残っているシーンは?
寅ちゃんとの出征前のデートのシーンです(第40回)。2人で河原に行き、そこで寅ちゃんがこれまでつらい思いをさせてごめん、と優三に土下座して謝るのですが、それまで寅ちゃんは“社会的な正しさ”みたいなことに自分の判断基準を置いていて、そこにとても苦しめられてきたんです。自分が弁護した相手は本当に弁護すべき人だったのかとか、社会的地位のために優三に結婚してもらったのは正しかったのかとか、そういうことに対して厳しく自分を責め立てるんですけど、僕個人として優三は寅ちゃんに“心の正しさ”を大事にしてほしいと思っていたんじゃないかなって。“僕は寅ちゃんの頑張っている姿が好きだけど、頑張りすぎないで”って、“寅ちゃんの好きに生きて”というせりふからも分かるよう、優三さんの優しさが伝わればと思いながら、すごく心を込めて演じたシーンです。
◆優三の魅力があふれた、悲しくも素晴らしいシーンだったと思います。
僕自身も撮影を思い出すだけでつらいんです。これまであまり感じたことのない感覚といいますか、もう悲しすぎて台本を読み進められなくて。そこまで没入できる素晴らしい作品と巡り合えて本当に良かったなと思っています。
◆ヒロインの伊藤さんとはドラマ『拾われた男』以来2度目となる夫婦役ですが、あらためて共演されての印象はいかがですか?
僕としては、いいコンビネーションでお芝居が出来たと思っています。沙莉ちゃんは僕がどんな表現をしても全て受け入れてくれますし、僕も沙莉ちゃんが提示してくるものは全てを受け止めたいと思いながらやっていて。撮影中も隣に沙莉ちゃんがいるだけで安心できたといいますか、夫婦役というのは相手が全く知らない方だとちょっとぎこちなくなってしまう部分もあると思うのですが、沙莉ちゃんだからこそ思いっきり飛び込めた感覚があります。
◆それでは、互いにアドリブを仕掛けたりすることも…?
そうですね。僕から意図してアドリブを仕掛けていくということは無かったのですが、お芝居の延長線上で出てくるものがあった時には、しっかり寅子として返してくれました。そうして脚本からはみ出た瞬間でさえ『虎に翼』の世界観が損なわれないといいますか、ずっと寅ちゃんでいてくれたのがすごくありがたかったです。
◆伊藤さんの座長ぶりはいかがでしたか?
もう“尊敬”のひと言で、素晴らしいと思います。朝ドラって、約1年間毎日のように撮影するという過酷な状況だと思うのですが、沙莉ちゃんはキャリアがあるのですごく心強いですし、地に足が着きまくっているので…(笑)。沙莉ちゃんがいることで現場が明るくなりますし、本当に頼れる座長です。
◆そんな伊藤さんが作り上げる現場の雰囲気をどう感じていましたか?
本当に風通しのいい現場で、それを全部沙莉ちゃんが作ってくれているんですよね。周囲に気を配っていろんな人とコミュニケーションを取りつつ、沙莉ちゃんは沙莉ちゃんのまま、それを気負わずにやっている気がしていて。真ん中にそういう方がいるので、キャストもスタッフさんも“そんな気張らなくていいんだ”って、リラックスして現場に居られるんです。それは沙莉ちゃんが作り出す空気のおかげで、もうみんな沙莉ちゃんのことが好きだと思います。
◆朝ドラ出演は『あまちゃん』以来11年ぶりかと思いますが、久しぶりの撮影現場はいかがでしたか?
『あまちゃん』ではほんの少しの出演だったので、今回初めてがっつり参加できることが楽しみでした。当時は20歳そこそこで右も左も分からず、ただがむしゃらにやっていたと思うのですが、それから11年経ち、いろいろな現場に参加させていただいたことで、心は熱く頭は冷静に現場と向き合えました。
◆あらためて感じた朝ドラらしさ、みたいなものはありましたか?
1週間で撮らなくてはいけない分量の多さには驚きました。撮影期間が長いので役とじっくり向き合えるし、さらにはいろんなゲストの方が出たり入ったりする、そういう環境の中で自分の役が育っていく感覚を味わえたのも朝ドラならではだなと。現場の空気も非常に良くて。皆さん1年以上一緒に作品を作っていく仲間という意識が強いのか、キャストもスタッフの皆さんも他の現場にはないような温かさがあるんです。1週間の最終日、最後のカットを撮り終えた時にはみんなで「お疲れ!」って拍手をしたり…。このヒロインを絶対に支えていくんだって、沙莉ちゃんを中心にこのチームで朝を盛り上げていくんだっていう、そういうとてもいい空気が流れていました。
◆優三同様に、これまで仲野さんが悲しみや挫折を感じた瞬間はありますか? またそれをどのように乗り越えてきましたか?
10代の頃からこのお仕事をやっている中で、数えきれないぐらいオーディションを受けてたくさん落ちもしたのですが、割と受かってきた自負もあって。ただ、受かりはしたもののせりふが無かったり、すごく小さな役だったり、チャンスをもらえたのに掴めなかったりと、そういう期間が長かったのかなと思っています。チャンスがないわけではないのに首が回らないといいますか…。そういう意味では鬱屈とした10~20代前半を過ごしていたのですが、志はありましたし、情熱も消えることはなかったので、しがみつくようにいろんな現場で自分の可能性を試していました。そんな中で一番心の支えになったのは、尊敬する作家さんや監督さんから「太賀面白いよ」と言ってもらえていたこと。多くの人の注目を集めることは難しいながらも、自分の好きな人から「大丈夫だよ」と言ってもらえていたことが大きかったです。
◆『虎に翼』は仲野さんにとってどのような作品になりましたか? また、俳優としての今後の展望を教えてください。
『虎に翼』はとにかく作品が面白いので、僕が優三を演じることで足を引っ張ることのないようにしようと臨みましたが、参加できて良かった、優三という男に出会えて良かったと心から思っています。見ている方の心に何か届くようなお芝居ができていたらうれしいです。今後の展望としては何が起こるか分からないので予測はできないのですが、『虎に翼』をはじめ、恵まれた環境でお芝居をさせてもらっているので、30代も出来る限りのことをやり、40代に向けて成熟していけたらと思います。
◆お芝居に対する熱量というのも年々上がっているのでしょうか。
はい。もっといい芝居をしたいと気持ちは高まる一方で、そのために何が必要なのかと日々ぼんやり考えたりするのですが、これをすれば芝居がうまくなるという答えはないんですよね。もう出来ることをやっていくしかないのかなと思っています。いい俳優になりたいです。
◆最後に、仲野さんが感じる『虎に翼』の魅力を教えてください。
この時代、女性が社会に出ることがこんなにも難しかったんだなと、生きづらさとか、法律としてもそうであったっていうことをこの物語で知って驚きました。当時の女性たちの言葉にできない、ため息のような思いがせりふや脚本に落とし込まれているのですが、ある種痛快さもあると思います。法律の世界を目指す女性の物語というと固く聞こえるかもしれないのですが、寅ちゃんも猪爪家のキャラクターもみんな個性豊かでユーモアにあふれています。いろいろな思いを背負った寅ちゃんの生きざまは、きっと皆さんの心に響くはずですし、一生懸命頑張っている寅ちゃんの姿をぜひ見届けてください。
PROFILE
●なかの・たいが…1993年2月7日生まれ。東京都出身。ドラマ『ジャパニーズスタイル』『初恋の悪魔』『拾われた男』などで主演を務める。近作に映画「四月になれば彼女は」「笑いのカイブツ」「ゆとりですがなにか インターナショナル」などがある。
番組情報
連続テレビ小説『虎に翼』
NHK総合ほか
毎週月~土曜日 午前8時~8時15分ほか
●text/片岡聡恵