連続テレビ小説『虎に翼』(NHK総合ほか 毎週月曜~土曜 午前8時~8時15分ほか)の脚本を務める吉田恵里香さんにインタビュー。主演の伊藤沙莉さんの印象や、作品を描くに当たって意識したことなどを聞きました。
◆『虎に翼』の脚本を脱稿された際のお気持ちはいかがでしたか?
後半になるにつれて、終わってしまうな、終わらないでほしいなと思いながら最後まで楽しく書き切りました。役者さん、スタッフさん含め恵まれた現場でしたね。あともう1クールくらいあったら良かったなと思います(笑)。やり切って満足しているのですが、細かく扱えなかった部分やキャラクターもいたりして、もっと深掘りできたところもあったかなという気持ちもあります。
◆もしもう1クールあれば、どんなキャラクターを掘り下げて描きたいですか?
一人一人、入れたかったエピソードがいっぱいあって。最初の方に出てきた人がどうなったかという振り返りのようなところも描きたかったのですが、描かなければならない内容がたくさんありすぎて、そこまで細かく描けませんでした。でも最終回としての満足度はありますし、最後まで内容がぎゅうぎゅうになってしまいましたがこれが『虎に翼』っぽいなと思っています。
◆伊藤沙莉さん演じる寅子の「はて?」という口ぐせを思いつかれた経緯を教えてください。
寅子が疑問を口に出すときの決まりと言いますか、今疑問に思ったんだなということを分かりやすく提言できる言葉がほしいなと思って考えたのが「はて?」でした。誰かを否定したり攻撃したくて使っている言葉ではないので、あまり強くない言葉を考えていて。「それは違うんじゃないですか?」「は?」とか言ってしまうと対話が終わってしまうと思いましたし、この作品のテーマの一つにも対話をする、思ったことを声に出していくというものがあるので、それが導入になればいいなと思いました。寅子がちょっと何か思ったことがあったときに発して、それが見ている方に分かりやすくなるワードになれたらすてきだなと思ったのが「はて?」でした。
◆終盤の山場である原爆裁判と、それにつながる戦争中の描写について、どのような思いで書かれたか、また制作するに当たって心掛けたことはありますか?
寅子のモデルの三淵嘉子さんが原爆裁判を担当されているということもあり、原爆裁判を扱いたいとは最初から思っていたのですが、自分の中では扱いきれるのかという不安もありました。でも今回の出演者やスタッフの方々にすごく信頼があったので、がっつり書けるなと思って真正面からやらせていただきました。
もともとこの作品は、あまり戦中をやらずに戦後メインでやりたいなと思っていて。9週からずっと戦争の傷跡をやっている作品なので、一つの山場として原爆裁判を扱いたいなと。原爆が落とされたことはみんな知っているけど、その中でも知らないことがたくさんあるんだなと私自身いろいろ調べてから気づきましたし、今やってよかったなと思うお話でした。
◆原爆が落ちたのを寅子が新聞で知るという描写がありませんでしたが、どういう意図だったのでしょうか?
8週から寅子自身が社会から心を閉ざして家庭に入るという描写をするために、寅子も一切新聞を見なくなっていて。家族のためだけに生きているキャラクター造形にしたかったので、寅子が知らないこと、見ていないことは9週までは本編でもあまり見せないようにしようと思っていました。
裁判官編が始まると、どうしても寅子が知らないことも情報として視聴者の方に見せないといけない部分が出てくるので、語りで見せるというやり方をしましたが、9週の寅子が河原で憲法を見るまでは、寅子に寄り添ったやり方になるように意識していました。
◆尾野真千子さんの語りの印象はいかがですか?
尾野さんが語りに決まったときはすごくうれしくて、語りの幅が広がったなと思ったのを覚えています。語りは短いセンテンスで感情移入をしなければいけないのですが、「スンッ」「む」「はて?」「おやおやおや」のような短い言葉に尾野さんが込める感情が素晴らしいなと。『虎に翼』においては、語りが感情のナビゲートをする役割も担っていて、尾野さんが短い言葉で視聴者の方をナビゲートしてくださるので、書くのがすごく楽になりましたし、重い題材を扱う作品の中で尾野さんの語りが作品を明るくポップに見せる力も持っていると思います。
◆伊藤さんの印象や、伊藤さんの演技をご覧になってから脚本に反映させたことはありますか?
寅子を伊藤さんが演じてくれるといいなと思っていたので、伊藤さんが寅子をやってくださることになってすごくうれしかったです。伊藤さんは立っているだけでも感情が見えるし、喜怒哀楽の表情筋が発達してらっしゃるなと感じます。伊藤さんだったらやってくれるだろうと思って書いたところがたくさんありました。
特に、大人になった寅子の演技がすてきだなと思っていて。寅子が18歳の時から演じてらっしゃるので、大人になった寅子はもっと大人っぽい演技になるのかなと思っていたのですが、口調やしゃべり方が若々しい中で、所作やまなざし、ほほ笑み方で年齢を演じ分けてらっしゃって、素晴らしいなと思っています。
伊藤さんはいつも現場でニコニコしていて、いつも現場に伊藤さんの笑い声が響いていて。もちろん座長だからあえてそうされている部分もあるかと思いますが、ずっと笑顔のままなので、本当にすごい方だな、周りを笑顔にしてくれる才能を持った方だなと感じました。
◆女性の生きづらさが本作のテーマの一つになっていますが、テーマに懸けた思いや描くに当たって意識したことはありますか?
女性の社会進出、女性の生きづらさを描いた作品ではありますが、それは社会の生きづらさにつながると思っていて。女性が生きやすくなったからといって男性が生きづらくなるというのは違うので、そこに気をつけながら書きました。でも理解あるふりをして人を傷つけてしまうこともあると思いますし、そもそも全く理解できない人もいる。全てが正しい、完全に善人だという人はいないように書いています。作中でもありましたが、「これだけ寄り添っているのに」という気持ちは少なからず生まれてしまうのが人間だと思うので、そことどう向き合っていくかというのを登場人物全てにおいて意識しました。
◆寅子と同じように花江(森田望智)も先を歩いてきた女性の一人で、より広い女性の共感を得る大事なキャラクターですが、吉田さんが花江に託したことや描く上で大事にしたことがあれば教えてください。
花江はこの作品のもう一人の主人公だと思っています。朝ドラでは何かを成し遂げた男性の妻がヒロイン、という構図がよくあると思うのですが、花江もそれになりうる人だなと。花江が主人公の朝ドラがあってもおかしくないように書いたつもりです。
花江は社会に出たい、働きたいという気持ちは一切なくて、家庭に入って家族を支えたり家族のために生きたりすることに幸せを感じている。彼女が働いたのは戦後の縫い物の内職くらいなんですよね。
社会構造として、バリバリ働く人のためにはそれをケアする人がいないといけないということにどうしてもなっちゃうところもあって、その改善策が自分の中でも分からないのですが、支える側が二軍扱いのようにされてしまうところが少し気になっていて。お互いに支えて家庭を円満にするというのが大切であって、心地よい生活を提供する、ご飯がある、シャツがピンとしてる…などは、それをやる人の努力ですし、花江はそういうことに対してのプロなんだということを意識して描きました。
でもそれをやらされているみたいに思われるのも違うと思っているので、猪爪家はみんなで支え合うという方向に途中から変わっていますが、主戦力は花江であると。なので、彼女を取り巻くいろいろな考え方が見えてくる、というふうに描いたつもりです。
◆仕事や家庭の問題というのは人の幸せを考えたときに切っても切れないものですが、吉田さんが今思う“幸せ”についてお聞かせください。
いろいろなところで起きる争い、それはネット上のことから戦争のことまで含みますが、その一つでも多くの種が消えたり、和解したものが見えると幸せを感じます。自分ではどうにもできないことというのはたくさんありますが、それがなくなっていくといいなと思います。
身近なところで言うと、また朝ドラのオファーが早いうちにくることが幸せですね(笑)。
番組情報
連続テレビ小説『虎に翼』
NHK総合ほか
毎週月曜~土曜 午前8時~8時15分ほか
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